僕と彼女は月に住む

3/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 戦争や環境破壊などによって荒廃した地球からの移住先として、人々は宇宙に新天地を求めた。  手始めに選ばれたのは、月だった。月面にドームを建設し、水や空気の循環システム、発電システムなどの生活に必要な機材を設置して人が住める環境を整える。  僕は月面ドームに住み、人がここでちゃんと生きられるのかを調査する実験移民の一人だ。僕らの実験が無事に終われば、もっと大規模なドームが作られ、もっと多くの人がやって来るだろう。そして月も、地球にあるのと同じような街が出来て行くのだろう。  持ち込める物は限られていたが、僕はあえてこの録画データの入ったタブレットをここに持って来た。  せれな。子供の頃に入院した病院で隣のベッドにいた、僕の友人。病弱で、青白い顔をして、細い腕には常に点滴の痕があって、でも笑顔は常に輝いていた彼女。  僕はすぐに退院出来たけど、せれなは家よりも病室にいる方が多かった。僕はそんなせれなが気になって、退院した後も見舞いに行ったりリモートで話をしたりしていたものだ。  初恋だったのかと言われれば、そうだったようにもそうではなかったようにも思う。とにかく、僕にとってせれなは何か特別な存在だった。今までも、これからも。  外にも自由に出られないせれなは、本を読むこと、動画を見ること、空想をすることが娯楽だった。だからネットを介した僕との会話でも、あんな突拍子もないことを平気で語った。どこにも行けないせれなが、どこかに行く唯一の方法だった。  せれなとの会話を録画していたのは、彼女の人生があまり長くないことを無意識のうちに気づいていたからかも知れない。事実、彼女は子供のうちにこの世を去った。彼女を遠くに連れて来たくて、僕はこのデータをここへ持って来たのだ。  だけどね、せれな。ここへ来て、改めてよくわかった。君がいたのは、幻想の月だよ。  現実の月には、本当に何もない。ウサギもいないし、かぐや姫もいない。あるのは岩と砂だけ。  そんなところで僕がやっているのは、毎日単調なシステム整備とバイタル検査、地球への活動報告だ。環境が違うせいか、僕が管理を担当している植物育成プラントはうまく稼働していない。未だに芽すら出ていない。  その調整に忙しいので、ドームの外に探検に行くようなことはない。そもそも月は、地球ほど人や動物が生きて行けるようには出来ていない。気軽には出て行けない。  それに……もしウサギ達がいたとしても、地球から人が来るようになれば、人々は彼らの場所を我が物顔で踏み荒らすようになるだろう。それは何だか嫌だった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!