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押入れの中のダンボール箱をあさること10分。借りていたDVDはすんなりと姿を現した。洋楽からアニメ、成人用のDVDまでジャンルは様々だが、プラスチックケースの中ではDVDが5枚とも蛍光灯の光を浴びて七色に輝いている。ケースには「貸出用」と書かれており、左下にはアーティクルという店舗名とバーコードが記されたシールが貼られていた。晃彦は即座にスマートフォンを手に取り、電話番号を打ち込んだ。
「はい。DVDレンタルアーティクル三橋です」
「すみません。加藤と申しますが。先日届いたお手紙の件でご連絡致しました」
「ああ、加藤さんですね」
「DVDの返却を忘れていてすみませんでした」
「で、いつ払って頂けるんですか?」
「それなんですが……40万円となるとすぐに用意できる金額ではなくてですね……とりあえずはDVDはお返ししますので」
「はぁ?」
電話越しに聞こえてくる怒りの混じった声が晃彦の声を遮った。
「借りたものは返す、損害を与えた場合はそれを弁償する、当たり前のことでしょう?それを払えないですって?」
「すみません。ここまで延滞金が膨らむとは思っていなかったので。それに、返却に関しての連絡も一切なかったですし……」
「一切連絡もなかったって、延滞を当店のせいにするんですか?」
三橋の声は徐々に鋭くなっていく。
「加藤さんねぇ、返し忘れたのはあなた自身のせいでしょう?それに1日の延滞金については約款にも書いてある。こっちとしてはすぐにでも返してもらわないと困りますよ」
「ですから、とりあえずはDVDだけでもお返しに」
「それはできませんね。しっかり延滞金を払って頂き、それと同時の返却でないと困ります。中には延滞金を踏み倒す不届き者もいますから」
「でも40万円はさすがに……」
「いや、ビタ一文負けるわけにはいきませんねぇ。きっちりと約束を守って返却してくださるお客様や、しっかりと延滞金を払ってくださるお客様に失礼なのでね」
晃彦は三橋が並べ立てる正論の裏に明らかな悪意が潜んでいることを感じ取っていた。だがこの時点では何も言い返すことはできない。晃彦が押し黙る中、三橋はさらに言葉を続けた。
「払って頂けないとこちらとしても困りますので、今月末までにお支払い頂けなければ債権回収業者にこの債権を売却する予定です。彼らは取り立てのプロですからねぇ」
取り立てのプロ、という言葉を前にして晃彦の背中に寒気が走った。
「とにかく、月末まで時間をください」
晃彦がそう告げると三橋のため息が聞こえてきた。
「わかりました。ですが1日1日と延滞金が積み重なっていくことはお忘れなく。早い段階でのいい返事を期待しますよ」
三橋はぴしゃりとそう言い放った。
――折角貯めた婚約指輪の資金をみすみす取られてしまうなんて……でもこのままだとかなえやその家族にまで迷惑がかかるかもしれない。
電話が切られたその瞬間、晃彦は頭を抱えた。天井を見上げて途方に暮れていたとき、親友の名前が思い浮かんだ。友人代表スピーチを頼もうと思っていた直哉の名前だ。
――あいつに頼んだら、何とかしてくれるかもしれない……!
晃彦は藁にもすがる思いでスマートフォンを取り出し、電話帳の項目を開いた。
「久しぶりだな。どうした?」
直哉の気さくな声を聞き、少しだけ晃彦の胸の鼓動が落ち着いた。
「実は相談に乗ってほしいことがあって……できれば早い段階の方が助かるんだけど……」
「早い方か……なら週明け月曜日の夜にでも会えるか?」
「助かる」
「じゃあ決まりだ。俺の事務所、開けておくからな。住所は後でメッセージ送っておく」
「ありがとう」
晃彦は電話を切った後、小さくため息をついた。
ーーとにかく、尽くせる手は尽くした方がいい。諦めて40万円を払うのはそれからだ。
晃彦は気が滅入りそうな自分自身にそう言い聞かせた。
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