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予期せぬトラブル
定額貯金の通帳を眺めながら、晃彦は胸が躍るのを抑えていた。ここ1年で貯めたお金は50万円。婚約指輪を買う資金がようやく貯まった。
晃彦は現在食料品メーカーに勤務しており、営業職として活躍している。晃彦も今年で25歳。学生のときに知り合った2歳下の後輩であるかなえとの交際も3年を過ぎており、同棲生活ももう少しで半年を迎えようとしている。晃彦は今日仕事が休みで、かなえは友人と日帰り旅行へと出ている。晃彦にとって指輪を見に行く絶好のチャンスだ。
「最近の婚約指輪のトレンドとしましては……」
ショッピングモールにあるジュエリーショップで店員の説明を聞きながら、晃彦は指輪を眺める。煌びやかに輝くダイヤモンドの指輪がかなえの薬指に嵌められる瞬間を想像しつつ、晃彦は尋ねた。
「こちらは、おいくらになりますか?」
「はい。税込で32万8000円になります」
店員はそう告げてくる。貯めてきた予算の範囲内ではある。決して安い買い物ではないが、生涯の伴侶のための一生に一度の買い物だ。晃彦は腹をくくった。
「わかりました。本日は持ち合わせがないので、こちら週明けにでも購入させて頂きます」
「ありがとうございます。ではまた週明けのご来店をお待ちしています」
店員が深々とお辞儀をしたのを見届け、晃彦は店をあとにした。週明けに貯金を下ろして指輪を買いに行き、そして今月末のかなえの誕生日に指輪を渡してプロポーズをする。プロポーズの言葉はどんなものがいいだろう?場所はどこにしようか?結婚式を挙げるとしたらどこがいいだろう?もちろん友人代表スピーチは幼なじみの直哉に頼みたいなぁ……等々、膨らむ思いを抱きながら晃彦は家路に着いた。
家に着いてから間もなく、インターフォンが鳴った。モニターには郵便局員の姿がある。
「加藤晃彦様。内容証明郵便が届いています」
ーーえっ?内容証明郵便?
晃彦は首を傾げた。内容証明郵便とは、差出人が書いた郵便の謄本を郵便局が保管しておき、中身および郵便が出された日時について郵便局が証明するという郵便である。「いつどこでだれがどんな内容を」ということを全て郵便局が証明してくれることから、借金返済の督促や慰謝料の請求、立ち退きの要求などに主に用いられる。
郵便局員を玄関前まで通し封書を受け取った。住所欄には旧住所のところにシールが貼られ、現在の住所が記されている。晃彦はハサミで封を切り、中身を取り出した。
加藤晃彦様
督促状
今月31日迄に以下の金額の支払いをお願いいたします。
金411,040円
但し、弊社店舗「DVDレンタル アーティクル」におけるDVDレンタル料金(新作7泊8日3本、旧作2本)及び延滞料金(210日×400円×5本)として
期日までに支払われなかった場合は不本意ながら弁護士と相談の上簡易裁判所へ提訴させていただくことになりますので、ご理解願います。
有限会社アーティクル
代表 三橋定信
書面に目を通したその瞬間、晃彦の顔から血の気が引いた。晃彦は確かにこの店舗から5本のDVDを借りていた。しかし、このDVDを借りたのはかなえとの同棲生活を開始する直前。公私ともにかなりバタバタしている時期だった。DVDの返却は頭の隅っこの見えないところにすっぽりと隠れてしまっていたのである。
ーーどうしよう……。
晃彦の口から図らずも言葉が漏れた。
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