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19
ソファに並んで座って、もう特に喋ることもなくなって、時間が止まればいいのになんてありがちな事を考えていた。
殊更ゆっくりと、アイスを掬う。
「一口ちょうだい」
え?
驚いて、隣に座る知希を見た。
言った知希本人も、なぜか目を丸くしている。
心臓はまた忙しなく打ち始めた。
こんな事、した事ねぇぞ。
そう思いながら「ほら」とスプーンを知希に向けた。
大きな瞳が瞬きをしながら俺を見て、桜色の唇を、開く。
赤い舌が、覗く。
思わず喉が鳴りそうになって、ぐっと堪えた。
開いた口にスプーンを入れてやると唇が閉じていく。
自分の心臓の音がうるさい。
スプーンを、ゆっくりと唇から引き抜いた。
ただ、バニラも食べてみたかっただけ、だろう。もちろん。
取り箸とか気にしなくてもいいかもな、っていう話をしたところだし。
そう思うのに欲が出る。
「…お返しは、貰えんの?」
ダメもとだ。バットは振らなきゃ当たらない。
「あ…うん」
マジか。
少しおぼつかない手付きで、知希がチョコアイスを掬って、遠慮がちにこちらに差し出してくる。
近付いたら、心音が聞こえてしまうんじゃないか。
いや、そんな訳ないだろう。
そんな事を考えながら、知希の持っているスプーンを咥えた。
そのまま、ちらりと知希の顔を見た。
耳まで赤くなってるじゃん。
勘違いしそう、マジで。
スプーンから唇を離して、自嘲気味に笑う。
チョコアイスの味は、正直よく分からなかった。
でもさっき知希の口に触れたスプーンで掬ったアイスは、それまでよりも甘く感じた。
女の子じゃないんだから「送って行くよ」とも言い辛くて、コンビニに行くと言って一緒に家を出た。
知希は終始俯きがちで、あまり喋らなかった。
あの祭りの日みたいに。
知希の家の最寄りのコンビニまで行って、帰って行く自転車の後ろ姿を見送った。
次は中華か。次っていつだ。
それより、次、大丈夫なのか、俺。
自分の行動がこんなに心配になったことなんかなかった。
あいつ、距離が近いんだよ。
肌が触れるほど近付いてくるのに、触っちゃいけない。
拷問だな、これは。
コンビニの限定アイスでも買って帰ろう。
ちょっと自分を甘やかしてやんないとやってらんねぇ。
でもたぶん、アイスを食べながら思い出してしまうんだろう。
桜色の唇と、赤い舌
マジでキツいなと思いながら、俺はコンビニの白い光の中に入って行った。
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