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息が上がっていたので、邦貴と別れる時は手だけ振った。
心臓が苦しいくらい脈打ってる。
アパートの前に自転車を停めて、顎を流れる汗を拭った。
汗で濡れた手が、外灯で光る。
ブルーグレーのハンカチ。
オレの手を、すっぽり包んでしまうほど大きかった桐人の手。
いくらオレが鈍くても、この気持ちが、この身体の反応が、ただの友達に対するものじゃない事ぐらいもう分かる。
だって、邦貴にはどんなに触られても何とも思わない。
肩を抱かれても、顎を掴まれてもどうって事ない。
でも。
桐人は、隣にいるだけでドキドキする。
肩に触れられただけで、息が止まる。
話がしたいのに、胸が詰まって言葉が出てこない。
なんか変だと思っていた事が、今日ガチャンと繋がった。
初めて、人を好きになってしまった。
しかも同性だ。いきなりすごいハードモードだよ。
慣れない初心者が踏み込んじゃダメなダンジョンだ。
でも、もう遅い。
後ろの扉は閉まってる。
前に進むしかない。しかも仲間もいない。
このゲームに、ハッピーなエンディングはたぶん無い。
桐人に気付かれたらゲームオーバーだ。
それでもオレはContinueを押し続けるんだと思う。
一緒にいるのが、辛くなるまで。
例えば、桐人に「彼女」ができるまで。
胸がぎゅうっと締め付けられるように痛い。
唇を噛んで、アパートを見上げた。
いつもと違って、今日は電気が点いてる。
お母さん、帰ってる。
なんとなく、言ってなかった桐人の事。
ますます言いづらくなっちゃったな。
深呼吸をしながら古い階段を昇った。
いつも通り、いつも通り。もうゲームは始まってる。
そう思いながら、カバンから家の鍵を出した。
今日はメッセージ何て送ろう。いつも通りなら送らないといけない。
そう思った時、ポケットの中でスマホが震えた。
あ。
桐人からだ。
ーーちゃんと家に帰り着いた?
心配、してくれてんのかな、夜だし。
ーーついてるよ。大丈夫。ありがと。
玄関前でそう送って、スマホをポケットに戻した。
なんか、くすぐったい。
好きな人に心配されるって、こんな嬉しい事だったんだ。
桐人に、特別な気持ちはないんだろうけど。
弟になりかけたから、気にかけてくれてんのかもしれないな。
手を拭いてくれたのも、お兄ちゃんぽかったし。
それでもいい。
鍵を開けて家に入った。
「あ、おかえり知希。楽しかった?お祭り」
「ただいまー。楽しかったよ」
あの時あのまま、お母さんが再婚してたらどうなってたんだろう。
穏やかに桐人と兄弟になってたのかな。
そんな事、今更考えても仕方ないんだけど。
そう思いながら、自分の部屋の戸を閉めた。
机の引き出しを開けて、桐人と撮った写真を取り出して見る。
そして、また奥に仕舞った。
こうやって、自分の気持ちも仕舞っておければいいのに。
届ける事はできないんだから、見つからないように仕舞っておきたい。
そう思いながら引き出しを閉めた。
鼻の奥がツンとして唇を噛んだ。
このゲーム、ちょっとキツすぎな気がする。
でもリセットはできない。
リセットボタンはそもそも無い。
あったとしても、押すつもりなんか全然ないんだけれど。
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