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16
自分の気持ちを自覚してしまったら、日常生活の全ての調子が狂っていく。
朝、教室に入って一番に桐人を探してしまう。
探して、見つけて、目を逸らす。
「おはよう」の一言が、喉の奥に引っかかる。
いつものように肩を組んでくる邦貴が煩わしい。
触られても何とも思わないけど、触られてるのを桐人に見られるのが、なんか嫌だと思った。
終始どきどきと心臓が忙しなく鳴って、肺は酸欠を訴えてくる。
レンアイって大変だ。ココロもカラダも忙しすぎる。
バレたらどうしようと思うのに、姿が見たい。
頭が真っ白になるのに、話しがしたい。
頬が熱くなってくるのに、そばにいたい。
胸の中で理性と欲求がせめぎ合ってる。
仲間もいないダンジョンで、自分同士で戦ってどうする。
そう思うのにどうにもならない。
もやもやしながら購買に行って、焼きそばパンは売り切れで、代わりにツナサンドを買った。「あーあ」と思いながら教室に戻ると高橋が来てた。桐人の前の席のイスに座って、桐人と向かい合って弁当を広げていた。
びっしりとトゲのついたボールを飲まされたみたいに、身体が内側から痛い。
これは嫉妬だ。
高橋は桐人の友達だ。中学からの。友達にいちいち嫉妬してたら身がもたない。
そんな事、分かってる。
自分の席に戻ったら、邦貴がオレの前に座った。
「あれ?なんか…」
「どうしたんだ?知希」
ポケットが変な感じ。
そう思ってポケットに手を突っ込んでサイフを掴んだ。形状がおかしい。
「あー、これか。コインが突っ張ってる」
テキトーに入れたからなーと思いながら、コインの向きを変えていると邦貴がそれを覗いてきた。
「お!今日金持ちじゃん、知希。帰りどっか行く?」
「あー、違う違う。コレ、晩飯代。お母さん今日遅いから弁当でも買えって事で」
サイフをポケットに戻して、ツナサンドのフィルムを開けた。邦貴は「ふーん」と言いながらオレの前でデカい弁当箱を開けている。
邦貴と話しながらも、耳は斜め後ろの桐人の声を拾っている。
桐人は高橋の話に薄いリアクションで相槌を打っていた。
「でもさ、親の帰りが遅いって事は、知希も帰り遅くってもOKって事だろ?どっか行こうぜ、あんま金かかんねぇとこ」
熱心に誘ってくれるけど、あんまり行く気になんない。
弁当を食べ終えて、トイレに向かった邦貴の後ろ姿を見ながら、どうしようかなーと思っているとスマホが震えた。
あ。
桐人からだ。
ーー晩飯、うち来る?
どん、と大きく鼓動が跳ねた。
胸の中で打ち上げ花火が上がったみたいだ。
恐る恐る、桐人を振り返る。
桐人がちらりと視線を送ってきて、息が止まった。
ぐっと唇を噛む。
震える指でスマホを操作した。
ーー行きたい。いいの?
そう送って、もう一度桐人の方を見た。
桐人は机の下でスマホを操作しているようだった。
高橋は、気付いていないのか気にしていないのか、話を続けている。
ーーいいよ。
その返事を見た時、視界に邦貴が戻ってきたのが入った。慌ててスマホをポケットに入れて何もないふりをする。
桐人の家に、行く。
邦貴が話しかけてくる言葉が、ただの音にしか聞こえない。
ヤバい。邦貴に変に思われる。
必死で意識を切り替えようとする。大丈夫。心臓の音は外までは聞こえない。
それに何よりも、邦貴の誘いを断らないといけない。
桐人の家に行くのに、みんなと遊んでなんていられない。
なるべく早く抜け出す。
あ、でも、桐人はどうするつもりなんだろう。
5時限目の予鈴が鳴った。ざわざわと、みんな自分の席に戻っていく。
教室を出て行く高橋が、オレの方をちらっと見た。
うわ。
なんか、ちょっと怖かった。
なんでだろ。気のせい、かな。
高橋は割とキレイな顔をしてるから、無表情になると冷たく見える。
ポケットの中でスマホが震えた。
ーーまっすぐうちに来る?それとも一旦帰るか?
また、どどどっと胸が鳴った。感情が忙しなくて頭がぐるぐるしてる。
ーーそのまま行く。
少しでも長く、桐人といたい。
洗濯物、湿っちゃうかな。ま、いっか。
ーー分かった。
ガラッと前の出入口の戸が開いて、先生が入ってきた。
慌てて教科書の準備をする。
ああ、ヤバい。今日もこの後授業なんて頭に入らない。
テスト大丈夫かな、オレ。
いや、でも今、人生の一大事だから。
昔宿題を教えてくれたみたいに、教えてくれないかな、桐人。
でもそれこそ頭に入んないか。
ほら、こんな事考えてる間にまた板書が進んでる。
新しいルーズリーフを1枚ぺろんと出して、大急ぎで黒板の文字を書き写していく。
空調は効いているのに、手のひらにはじんわりと汗をかいていた。
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