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 皆と遊んでから来るのかと訊くと、すぐに行きたいけど、と返信がきて、その、自分の方が優先されている感じに胸が高鳴った。  ーースマホのバッテリーが死ぬとか言って帰るか?  言い訳として苦しすぎるかと思ったけれど、案外それで黒田を誤魔化せていた。黒田の方も、あまりしつこくして知希に煙たがられたくないのかもしれない。  知希は何が食べたいんだろう。  どうせなら好きなものを作ってやりたい。    食材はまだ家にあるけれどスーパーに寄る事にした。  学校をバラバラに出るから、どうせどこかで待ち合わせをしないといけない。  高橋と一緒に学校を出て、家に帰るふりをして高橋と別れた。マンションの前を通り過ぎ、高橋と鉢合わせしないように回り道でスーパーに向かった。  遊びには行かなくても、教室で喋ったりしてそれなりに遅くなるんだろうなと思っていた。  涼しい店内で待った方がいいと解ってはいたけれど、気が急いて中になんかいられなかった。  学校からのルートは二通り。暑いし、坂は登らないだろうと思っていた。  でも。  頬を紅潮させた知希が、上り坂のあるルートの方から自転車を漕いでやって来た。 「中で、待っててくれてよかったのに、暑いし」  透明の汗が、頬を、顎を伝って落ちる。  はぁはぁと息を切らせて、大きな瞳が俺を見上げてくる。 「お前こそ、そんな大急ぎじゃなくて大丈夫だったのに。汗びっしょりじゃん」  何、その可愛い顔。    そう思いながら、タオルで流れる汗を拭いてやった。  知希は嫌がりもせずされるままになっている。  とくとくと、忙しなく心臓が血液を運ぶ。  自転車を停めた知希に晩飯代はと訊かれて、そういえば何も考えてなかったなと思った。  正直なところ、知希がうちに来る段階でこっちが払いたいくらいだ。  まあでも、こいつの性格からして貰わない訳にもいかないんだろうな。  小さい顔をタオルで拭きながら考える。 「弁当代、いくら貰ってんの?」 「500円」  そっか、そっか。 「じゃ、300円でいいよ」  それだけあれば充分だ。  まだ心配げな顔をしている知希に、 「300円、ナメんなよ」  と冗談めかして言ってやると、大きな目を更に丸くして俺を見た。  うわっ、やば…  可愛い  じわりと体温が上がってくる。  スーパー店内の、冷えた空気を吸い込んだ。    知希が肉がいいと言うから、家にある食材を思い浮かべながら何を作るか考える。  そう言えば小5の頃、知希はピーマンが嫌いだったな。  訊いてみると「今は食えるよ」と必死な様子で言ってくるのも可愛くて、つい「偉いね」なんて言ってしまった。 「はは、お兄ちゃんぽいね、その言い方」  その言葉が、胸に突き刺さった。  すっと背筋が冷える。 「…もう一歩で、お兄ちゃんだったからな」    お兄ちゃん、か…。  自分でも驚く程ショックを受けていた。  知希は嬉しそうにしながら俺に付いてきてる。  駄目だ、気持ちを切り替えないと。  メニューを提案すると、知希は「うわ、迷う」と言いながら見上げてくる。  俺を兄だと思うから、こんなにも無邪気な様子なのかな。  まあ、それはそれでいいか、と思い直した。  なんせ学校にいる時よりも距離も近くて、やや幼く見える程に無防備に笑う。  友人たちには少しの嘘をついているから、多少気を張っているんだろうと思われた。  どう思われてるか、なんて贅沢言ってる場合じゃない、か。 「じゃ、ロコモコお願いします」  手を合わせた「お願いポーズ」で言ってくる知希の破壊力がやばい。  こんなん絶対黒田には見せたくない。  そう思いながら野菜売り場を歩く。  相変わらず、知希は後ろを付いてきてる。  ロコモコにはトマト、のってたよな。  今朝ちょうどトマトは食い切ったところだ。  あ、でも。 「トマトは平気だったよな?」  ちょっと覚えてない。 「うん、好き」  不意打ちのその言葉に、息が止まった。  トマトが「好き」なんだと、もちろん理解してる。  でも自分に向けてそう言われると、心が波打った。  ヤバい。すげぇ動揺してる。  平静を装いながら挽き肉を選んでいると、知希がぐっと近付いてきた。  腕が振れる寸前で、ほのかに知希の体温を感じる。  ほんとに兄弟の距離だな。  無神経なほど、無邪気で無防備。  ごく僅かに腹が立った。  知希からすれば完全に理不尽に向けられた感情だ。  悪いなとは思うけれど、気持ちがささくれ立ってる。  慰めてくれよ。 「コーンスープは?好き?」  そういう意味じゃなくても、お前の口からその言葉が聞きたい。 「あ、うん。好き」  たったそれだけの台詞で、心が凪いだ。  知希の温かい手のひらに包まれたような気持ちになった。  やっすいな、俺。  そう思うと可笑しかった。  可笑しくて、身体から力が抜けた。
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