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Honey 1
桐人の、高橋の告白への返事。
それを聞いてしまって無意識に流れた涙。
目が充血してるのに気が付いて、目線を上げないように気を付けていた。
なのに、目を上げてしまった。
桐人とまっすぐ目を合わせてしまった。
「…知希、ちょっと聞いてもらってもいい?」
そう言った桐人の声があまりに硬くて。
「うん、…いいよ?」
なんだろう。
とりあえず、目の充血について何も言われなくてホッとした。
珍しく言い淀む桐人が、眉間に皺を寄せたまま、噛んでいた唇を開いた。
「…あのさ、俺、お前に嘘付いてた」
「え?」
「俺がお前に気付いたの、あの購買じゃないんだ。もっとずっと前。入学して割とすぐに気付いてた」
驚いたけど、それより桐人の表情の方が気になった。
なんとなく苦しそうに笑いながら、桐人が言う。
「お前が俺に気付かないから、口惜しくて声はかけなかった。でも俺はずっとお前を見てた」
「…なんで…?」
つい、ポツリと口から出てしまった。
桐人は小さく笑った。
「なんでって、俺も思った。どうしてこんなに気になるのか。どうして姿を探してしまうのか。どうして自分に気付いてほしいのか」
そこで一つ、桐人はため息をついた。
それからオレの方をじっと見た。
そんな風に見つめられたら、どうしても心臓が跳ねてしまう。
「…俺さ…」
少しだけ、桐人がオレに顔を寄せる。
「知希の事、好きなんだよ」
え?
言われた意味が、分からなかった。
なんで、なんで、なんで…?
だって桐人あの時…。
呆然と、桐人を見返した。
「…悪い、驚いたよな。別にお前をどうこうしようって訳じゃないから」
ふい、と桐人が目を逸らした。そして立ち上がろうとする。
その手を掴んだ。
「…桐人、男は好きじゃないって、言ってたじゃん…」
思わず言ってしまった。
「お前あれ聞いてたのか?!」
振り返った桐人の、驚いた声と表情。
心臓が壊れそうなほど脈打っている。
喉がカラカラに乾いていた。
桐人の大きな手は、少し冷たかった。
「ごめん…聞いちゃった…」
桐人の手を掴んでいる手に力を込めた。
「あの…オレも、男、なんだけど…」
頭がわんわんするほど鼓動が強くて、息が苦しい。
手のひらにじんわりと汗が滲んでくる。
でもこの手は絶対に離したくない。
「…オレは、いいの…?」
「…え…?」
桐人を覗き込んで、そう訊いた。
頬がじわりと熱くなってくるのを感じる。
「…オレは…桐人のこと、…好きでいい、の…?」
「とも…き…?」
メガネの奥の桐人の目が、大きく見開かれていた。
信じられない、と顔に書いてある。
オレだって信じられない。
信じられなくて、現実感が全くない。
桐人の大きな手が、オレの頬に伸びてくる。
「ほんとに…?知希、…俺の事、…好き、なのか…?」
掠れた声で問われて、うん、と頷いた。
桐人の指が頬に触れる。
「好きの意味…大丈夫か?…俺、お前の兄ちゃんにはなれないぞ?」
少し心配気な顔で念押しされて、可笑しくなった。
「うん、…大丈夫。お兄ちゃんとキスしたいなんて、思わない」
まっすぐ目を見て言うと、桐人の目元が赤く染まった。
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