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８
「ほら」
昼休みのチャイムが鳴ってすぐ、目の前に弁当だと思われる黒いバッグが置かれた。バッグを持ってきた人物を見上げる。
「桐人？」
「俺、学食行くから。金じゃなきゃいいんだろ？」
「え、でも」
「ほぼほぼ昨夜の残り物だけど。じゃ俺、A定食狙うから」
そう言って、さっさと背を向けて桐人は行ってしまった。
A定食は学食の一番人気で、早く行かないとすぐ売り切れる。
「よかったじゃん、森下」
「遠野、いいやつだなー」
「…うん」
こうなったら頂かない訳にもいかない。
黒いバッグを手前に寄せてファスナーを開いた。
あれ？昨夜の残り物って分かってるって事は、桐人弁当も自分で作ってきてんの？
すごくね？高校生男子ってそういうもんじゃない気が…。いや、オレがポンコツすぎんのかな。
母子家庭と父子家庭の差か。それとも単なるオレと桐人の性格の差か。
体格に見合った大きさの弁当箱を、ちょっとドキドキしながら開けた。
手作りの弁当なんていつぶりだろう。
一緒に昼食をとっていても、他人の弁当箱を覗くのは何となく憚られて、ちゃんと見た事はなかった。
あ、すごい。
主菜副菜がバランス良く入ってるし、茶色くなりがちな弁当にインゲンの緑と人参の赤、玉子焼きの黄色が映えている。
見た目、すごい美味そう。
「いただきます」
しっかり手を合わせてから箸を付けた。
「すげー美味そー。いいなー森下」
友人たちが覗いてくる。オレに対して、オレの友達は全く遠慮がない。
「なあ知希。ちょっとちょうだい」
向かいで弁当を食べている邦貴が言う。
「だめー。オレがもらったのー」
弁当箱を腕で囲い込みながら言ってやる。
「じゃあ、ほら、このウインナーと玉子焼き、交換して？」
「やだ。つーか、ヒトが箸で摘んだのはやなんだよー」
うちの母親は虫歯予防という事で、オレと箸の共用は絶対しない。大皿から直箸もしない。そこは徹底している。だからオレは他人が自分の箸で摘んだものは食べられない。
「あーそうだった。お前禁止事項多いな、マジで。ペットボトルの回し飲みもダメだし」
苦笑する邦貴に、
「しょーがないじゃん。そういう風に育ってるんだからさ」
と言うと、
「はいはい」
と許してくれた。心の広い友人に感謝する。
ちょっと多いかな、と思っていたのに、味付けが好みだったのでぺろりと食べられてしまった。
「ごちそうさまでした」
空になった弁当箱に手を合わせ、頭を下げる。
「お粗末さまでした」
頭上から声が降ってきてびっくりした。
「わ、桐人、早かったね。てか、ほんとマジでありがとう！すっげ美味かった。感動した」
見上げながらそう言うと、桐人が一瞬驚いたように目を見張り、その後嬉しそうに笑った。
「そんなに喜んでもらえると、俺的にも嬉しいかな」
そう言いながら、オレの前の弁当箱を片付け始める。
「あ、弁当箱どうしよ。洗う？」
「いいよ、このままで」
手早くバッグの中に仕舞ってしまい、オレにはもう手出しできない。
「森下さ、黒田から遠野の弁当マジでガードしてておかしかったぜ。腕で囲って「だめー」っつってさ」
友人が笑いながら言う。
「へぇ」
桐人にチラリと流し見られて頬が熱くなった。
「いや、だ、だって美味かったからっ」
食い意地がはってる、と言われたみたいで恥ずかしい。まあ実際そうなんだけど。
昼休み終了の予鈴が鳴った。
弁当箱の入った黒いバッグを持って、桐人が席に戻っていく。
やっぱちょっと量多かったなー。腹が苦しい。眠くなりそう。てか眠い。
さっき、もし邦貴がウインナーを箸で摘んでなかったら、オレは桐人の玉子焼きと交換してたのかな。
…しなかった気がする…。
なんでかは分かんないけど、なんかやだ。
でもなんでだろ。
自分の気持ちなのに分からない。分からなくて同じところをぐるぐるしてる。
最近ずっとこんな感じな気がする。
でもそれは、桐人の事限定だ。他は別に変わってないと思う。
出会いが特殊だったからか、オレの中で桐人は他の友達とは違う。
お兄ちゃんになりかけた人だからか、何となく甘えたくなる。
同い年なのに甘えるってのもどうなのって自分でも思うけど。
購買で助けてくれたり、さっきは弁当くれたり、そういう事してくれるから余計にそう思ってしまう。
桐人の方もオレを弟みたいに思ってるのかもしれない。だってなんか普通の友達より優しい気がする。それとも桐人は誰にでもこんなに優しいのかな。
そんな事を考えているうちに、いつの間にか先生が来て授業が始まっていた。
少し前に席替えがあって、オレの席は前から３列目になった。桐人は斜め後ろ。邦貴は一番後ろの席でちょっと羨ましい。
最近、午後の授業がヤバい。昼休みに桐人と話したりすると、その後もずっと考えてしまって上の空になる。
ただでさえ成績ヤバいのに。
そう思いながら黒板を見ると、板書がずいぶん進んでしまっていた。
慌てて書き写しながら、ついチラリと桐人の方を見た。
あ。
目が合っちゃったよ。
同時に、どくんと鳴った心臓。
桐人が僅かに微笑んだ。
パキッとシャーペンの芯が折れた。
先生の声が耳に入ってこない。
慌てて目を逸らした。
相変わらず、心臓が跳ねている。
なんで…？
やっぱり自分が解らない。
唇をぎゅっと噛んで、黒板を見た。
深呼吸をしながら、再びノートを描き始めたけれど、正直何を書いているのかはよく分からなかった。
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