21人が本棚に入れています
本棚に追加
1
朝靄に煙るこの場所で、今日も私はバスを待つ。
まだ肌寒い四月の朝、日差しは徐々に暖かさを増してきているように思う。
このバス停を利用するようになってから約二週間。新しい環境にも慣れつつあった。
いつも同じ時間にここへ来る君。必ず私の後ろに並んでいる。
背が高くて、キレイな顔立ち、いわゆるイケメンと呼ばれる類いの君は、とても爽やかで素敵だ。
見た目だけで判断する訳ではないが、君を知ったあの日に、私は心を奪われた。
これが俗に言う“一目惚れ”か。
もちろん話したことなんてない。名前も知らない君。
ただ毎日同じバス停で顔を合わせるだけで、何一つ接点らしいものは無かった。
きっとこれから先も、無いかもしれない。
それでもいい。
私の心の中だけでこの気持ちを温めておく、それだけでいい。
そう思っていた。
爽やかな風が吹き抜ける五月。初夏の陽気を感じるようになった頃、またいつものようにバス停へ向かった。
一足先に到着する私、その後にやって来る君。今日もお決まりの並びだ。
バスを待つ間に、雨がちらついた。
ヤバい…。まさか雨が降るなんて…。
傘を持って来なかった私は焦り出した。
しかし、私の気持ちとは裏腹に、雨はしだいに強まってきた。このままでは、学校に着く前にびしょ濡れ決定。せっかくセットしたヘアスタイルも台無しに…。
思いっきり落胆していたが、気が付くと私は雨に当たっていなかった。
これはどういう状況だ…?
一体何が起きているのか…?
空を見上げた。
私の目に映ったものは─────────
藍色の傘だった。
振り返ると、
藍色のその傘は、
君がさしていた傘だった。
「あ……、あの……、」
「濡れますよ?どうぞ。」
この時、初めて君の声を聞いた。
「でも…、あなただって濡れますよ?だから、いいんです!私なんて…。」
すると君は、
私の腕を引き、
私たちの体は寄り添った。
「これで二人とも濡れずに済みますね。」
突然の相合い傘に、ドキドキが止まらなかった。耳まで真っ赤になる私…。気付かれるのが恥ずかしくて、バスが来るまでずっと下を向いていた。
バスに乗り、私たちは隣同士で立っていた。私はとても照れくさくて、君に何も言えなかった。
いつも先にバスを降りる君。もちろん今日だってそうだ。降りる前にもう一度お礼を言わなくちゃ…。
もうすぐ東高校前のバス停に到着する。
勇気を振り絞って───────────
「あの!」
「あの!」
同じタイミングで私たちは互いに声をかけたのだった。
「あの…、お先にどうぞ…。」
私は君に順番を譲った。
すると君は、
藍色の傘を私に差し出した。
「これ、使って。」
「えっ?だって、まだ雨…。でも…。」
君は私の手を取って傘を渡した。
「これでまた明日話せるじゃん。」
最初のコメントを投稿しよう!