オタクの壁

6/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
それからというもの私は色々なことを知った。私が追っているアイドルの世界では存在しなかった『ランダム』という概念は、二次元界隈では割とよくあることだということ。 会計後、その場で封を開け誰かと交渉する『交換』という文化があるということ。 奴の手のひらの上で踊らされないようにするには『箱買い』するのが一番手っ取り早いということ。 奴との勝負に一発で勝つ『神引き』をしたときの高揚感はとてつもなく、身が震えるほど嬉しいということ。 初戦で大敗を期した私は今ではあらゆる手を尽くして奴との真っ向勝負は避けるようにしている。深く潜れば潜るほど金銭感覚が麻痺してくるのはアイドルのときと同じだ。 「ちょっと高いな…けどまぁ、ランダムよりはいいか」 そんな言葉が自然と出るようになった。 けれど、それでも奴は私を完全に解放してはくれない。私が好きなAくんの発祥はソーシャルゲームなのだ。 アプリで奴は常に強大な壁として存在している。所謂“ガチャ”と呼ばれるもので、ゲームを有利に進めるためには必要になる。 画面をワンタッチするだけの単純な作業にオタクやユーザーは振り回され一喜一憂する。単なる確率で運なのだと分かっていながら、ゲンを担いで様々な方法を試すのだ。 謎トレの先端者として有名な東大卒の彼がSNSに上げた動画を見たことがある。一回で当たるわけがないと諦めていたようで、体を震わせ心底驚いているのが伝わってきて、ああ、この緊張感や高揚感は誰しもに共通するものなのだな、と嬉しくなった。 近々、アプリ内でまた新しいイベントが始まることになり奴との再戦が決定している。 ああ。嫌な緊張感だ。奴は天邪鬼なところがあり、ねだると嫌がる傾向があるから、いざとなれば奥義を使おう。ゲームの内容など全く知らない家族の、無欲の指を借りることにする。 入浴前に裸体で挑戦すると気前が良くなることがあるという話も聞く。とんでもない奴だ。 オタクになったあの日からずっと、私がドキドキしながら翻弄されるのを、私の壁となれる日を奴は楽しみに待っていたのだ。 これからも、適度な距離を保ちながら付き合っていくしかない。 「んなこと言って…本当は好きなんだろ?俺のこと。俺といるときのお前…結構いい顔してるぞ?素直になれよ…」 ちょっとそこ!うるさいよ!私が好きなのはじゃなくてだってば!
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!