猛牛巴御前 第一幕

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猛牛巴御前 第一幕

【「猛牛巴御前」あらすじ】  第一幕 平家追討に燃える巴御前は軍資金を調達するため、商家に押し入って盗みを働いている。今夜は鯉料理屋に盗みに入り、広島東洋鯉軍団との決戦に備えるため鯉料理で前祝いと決め込んだのだが・・・  第二幕 源氏方の近鉄猛牛軍団は、平家の広島東洋鯉軍団、またの名を赤兜軍団と、野球日本一決定戦に臨んだ。ここまで三勝三敗で第七戦を迎えた。巴御前は河内に陣を張っている。ここには藤原球納言が応援に来ている。決戦の舞台、大阪球場からは伝令(注進)が試合経過を伝えにくる。猛牛軍団と鯉軍団の戦いはついに最終回を迎え、猛牛軍団が無死満塁の絶好の機会を作ったのだが、まさかの結末が待っていた。  そこへ源義経がやって来て、巴御前を鎌倉に連れて行くと伝える。    〇 〇 〇  お笑い 歌舞伎「猛牛巴御前」本文  登場人物  巴御前  獅子丸 若鷹丸  源義経  弁慶  藤原球納言  第一幕 鯉料理屋    〇 第一場 鯉料理屋『八百鯉』の裏門(夜)。黒い塀。裏木戸が見えている。    ・木戸の内より番頭二人出てくる。 番頭一「今夜はお客がさっぱりだ」 > 番頭二「この風では仕方あるまい。音を立てて日がな一日吹いている」 > 番頭一「大方、川も荒れているんだろう、肝心の鯉が取れないようでは鯉料理屋の商いは上がったりだ」 > 番頭二「そろそろ店仕舞いとするかな。せいぜい戸締りをしっかりせねば」 (両人頷き合って木戸へ入る)    ・そこへ舞台上手下手より巴御前の手下数人、黒装束で現れる。 手下一「月もおぼろの暗闇に」 > 手下二「松も柳も震わせて」 > 手下三「雲を千切って雷鳴が」 > 手下四「怒るが如く轟けば」 > 手下一「今宵の狙いはこの鯉料理屋」 > 手下二「裏木戸破って忍び込む」 > 手下三「我らはここで見張り番」 > 手下四「承知仕った」 > 手下一「御前様のおみえだ。おのおの方、お出迎えいたすとしよう」    ・花道より巴御前登場する。盗賊の黒装束を身にまとっている。     獅子丸、若鷹丸が後に従う。 (巴御前、花道七三にて立ち止まる) 巴御前「流れる雲は西東、六甲嵐が吹き荒れる。木曽の山路をい出しより、月日は流れ早や幾年月、平家を倒す本懐も、判官ごときに謀かられ、主じ義仲、露と消ゆる。木曽の源氏の再興に、何はなくとも一千両、闇に紛れる黒装束、今宵も忍ぶ勝手口。勝って臨むは平家軍、鯉軍団を蹴散らして、者ども、いざ、参ろうか」 > 手下共「親分、お待ちいたしておりました」 (巴御前、花道から鯉料理屋裏木戸へ進む) 巴御前「みなの者には苦労をかける。主じ義仲を弔い、平家討伐のために立ち上がった。それにはとりもなおさず軍資金がなくてはならぬ。十萌小僧と名を変えて、盗賊に身をやつし、商家に押し入る行状も、すべて大願成就のためだ」 > 手下三「いかにも、都を追われて以来、艱難辛苦に耐える日々」 > 手下四「やむにやまれぬ盗賊仕事も、木曽の源氏の名を挙げんため」 > 獅子丸「時も良し、裏木戸を開けよ」 > 若鷹丸「御前、いざ、まず中へ」 > (巴御前、獅子丸、若鷹丸、裏木戸より鯉料理屋に入る) (手下四人は塀外に留まる) 〇 第二場 鯉料理屋八百鯉の座敷内。    ・正面に巴御前、両脇に獅子丸、若鷹丸。    ・下手に八百鯉主人、番頭が控えている。 主 人「はるばるお越しくださり、誠にありがとうございます。まずはこれにてごゆるりと お寛ぎくださいませ」 > 巴御前「鯉料理屋、八百鯉の名は、都はおろか西国、坂東にまで聞こえておる」 > 主 人「お褒めにあずかりありがとうございます。鯉の洗いに、鯉こくに、諸国自慢の御酒もご用意いたしておりまする」 > 巴御前「ときに亭主、物は相談だ」 > (巴御前は獅子丸、若鷹丸に目配せしてキッと睨む) 巴御前「今宵、参上したのは他でもない、山吹色の金子(きんす)が所望じゃ」 > 主 人「はて、これは異なことを申されますな」 > 巴御前「この店の有り金全部、一両残さず我らが前に差し出していただこう」 > 主 人「ひえええ、一両残さずでございますか」 > 巴御前「左様、商家に押し入り千両箱を狙うが我らの仕事」 > 主 人「それではこのごろ都に名も高き、十萌小僧でござりまするか」 > 巴御前「十萌小僧とは仮の姿、その真実は、源氏の嫡流にて、勇猛果敢、義理と人情に厚き木曽義仲の、側に仕えし巴御前とは、私のことさ」 > 主 人「なんと、お前様が、怪力無双の巴御前様。ははあ、恐れ入りました」 > (主人一同平伏する) > 獅子丸「表門から裏門まで、我らが配下が取り囲み」 > 若鷹丸「虫の這い出る隙もない」 > 巴御前「命までとは申さぬゆえ、疾く疾く、これへ小判を運べ」 (主人が番頭に命じて千両箱を運ばせる) 主 人「へいへい、百両ございますれば、どうぞお納めいただきとう存じます」 > 獅子丸「確かに百両、頂戴いたす」 > 巴御前「法皇様の命により、平家を一掃したるは我が主じ木曽義仲公。しかるに鎌倉方の謀略にかかり都を明け渡し、付き従う家人は僅か数十人、それも今では散り散りと相成った。無念を晴らし、お家再興を誓ったが、鎧兜に弓矢、兵糧に至るまで、整えるためにの軍資金が足らぬ。盗賊となって商家に忍び、これまで奪った小判は九百両」 > (千両箱を扇子で叩き) 巴御前「この百両を加え、今日只今、一千両の大願成就を成し遂げた」 > 若鷹丸「おめでとうございます」 > 巴御前「さて、眼下の敵は平家軍、西国安芸に立てこもる、広島東洋鯉軍団、世にいう、赤兜軍団を討伐し、木曽の源氏の名を挙げん」 > 獅子丸「いざ、ご出陣、我らお供仕る」 > 巴御前「その決意、巴は心強い思いである。そこで、亭主殿」 > 主 人「ははっ」 > 巴御前「広島東洋鯉軍団はその名も高き兵ども。戦に臨むその前に、鯉軍団の旗印、鯉を平らげその勢いで一気に蹴散らし、野球日本一決戦七番勝負に勝たねばならぬ」 > 獅子丸「鯉料理屋に押し入ったのも一理あり」 > 若鷹丸「鯉をさばいて、胴体二つ切り」 > 獅子丸「さあ、急いで宴席の支度じゃ」 > 若鷹丸「外に控えし見張り番にも大盤振る舞い運ぶがよかろう、早ういたせ」 > 巴御前「我ら元より盗賊には非ず、清和源氏の嫡流なれば、料理代金、お支払いいたす所存である」 > 主 人「かしこまってござりまする」 (鯉料理屋主人、番頭に料理の支度を指図する) 主 人「巴御前様。この数日、川は荒れて波高く、肝心の鯉の入荷が少なくて心配しておりましたところ、本日、世にも珍しい『赤兜鯉』が網に掛かりました」 > 巴御前「なに、赤兜鯉とは願ってもない。広島東洋鯉軍団との戦いに臨むに、これほど縁起の良いことはあるまい。赤兜鯉を平らげて野球日本一決戦の手土産といたそう」 > 主 人「いささか値が張りますが、よろしゅうございますか」 > 巴御前「かまわぬ、女武士に二言はない」 (番頭、仲居、料理を運んでくる) 主 人「鯉の洗い、鯉こく、竜田揚げ、ご賞味のほどを。さあさあ、御酒を運んだり」 (巴御前たち鯉料理に酒を酌み交わす) 巴御前「我が故郷、佐久の鯉にも引けを取らぬ味である」 > 主 人「お褒めにあずかり、ありがとう存じます」 > 巴御前「この鯉を主じ義仲公にも献じたいところであったが無念なり。思いいだせば、おおそれよ。倶利伽羅峠にて猛牛の角に松明を掲げ平家の陣屋めがけて放てば、慌てふためく平家軍、大将から兵に至るまで我先にと谷底へと落ちてんげり。夜明けて見れば、残る平家はただ三人。義仲公の大勝利であった。しかしながら、勝利は一刻、露と消え失せ、残念至極。今日、安芸に陣取る平家軍、広島東洋鯉軍団との戦いに是が非でも勝たねばならぬ」 > 獅子丸「鯉の洗いに、鯉こくに、今宵ことごとく敵を召し捕ったり」 > 若鷹丸「この勢いで野球日本一七番勝負を勝ち取らん」 > 巴御前「なんぞ恐れん広島東洋鯉軍団、近鉄猛牛軍団ここにあり」 > (巴御前キッと睨んで見得を切る) 巴御前「これ、亭主殿」 > (居ずまいを正して) 巴御前「鯉料理の勘定をお支払いいたす。如何ほどなりや」 > 主 人「へいへい、本日はお客様三名様、他に門前の見張り番数名、合わせまして金百両にてございます」 > 巴御前「ううむ、百両とな。それではたった今、手に入れた百両を全部持っていかれるではないか」 > 主 人「世にも珍しき赤兜鯉にてござりますゆえ」 > 巴御前「あい分った、源氏の嫡流なれば、残らず食べておきながら値切ったなどと噂が広まれば末代の恥じ。百両とらせるぞ」 > 主 人「毎度ありがとうございます」 > 巴御前「うむ、高い鯉であることよな」 >    ・巴御前、百両を支払い、席を立つ。 〇 第三場 鯉料理屋『八百鯉』の裏門。裏木戸の左右に巴御前の手下が控えている。   手下一「たらふく食べて満腹いたした」 > 手下二「我々にもお気遣いあるとは、さすがに巴御前様」 > 手下三「鯉料理屋だけに大漁で、千両箱の二つ三つ担ぐといたそう」 > 手下四「そろそろお出ましの頃」 > 手下一「噂をすれば御前様のお成りである」 > (手下四人裏木戸に居並び、声を合わせて大声で言う) > 手下共「親分、中の首尾は?」 > 巴御前「しーっ、声(鯉)が高い」 〇 幕
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