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第3話 ラップ越しにキスするなんて‥
「わっ、何かちょっとドキドキしてきたかも。こういうの初めてだから」
「初めてって、別に処女じゃねぇだろ?」
「誰がそんな話してんのよ!」
パシッ
千晶は軽く高伸の腕を叩く。
「痛ってぇ。力加減を覚えろよな」
「あんたが余計なことを言うからでしょ」
「あはは、いいですねぇ。お2人はノリが良くて、相性ぴったしの友だちに見えますよ。そんなお2人なら、きっと最後の課題までこなせると思います。では、さっそく始めていきますね」
「よろしくお願いします」
「よろしくです」
高伸と千晶は同時に答える。
「では、最初の課題はこちら! ばーばん!」
斎藤は、横に置いてあったフリップを、2人に見せる。
「友だち関係の2人は手を繋げるか!? です! これはどうでしょう?」
少しだけ緊張した面持ちだった2人だが、フリップを見て肩の力が抜けたようだった。
「なんだ、こんな感じなんだ~。心配して損した~」
「そうだよな。手をつなぐくらい、簡単簡単♪」
「では、1つ目。手を繋いで下さい」
「はーい……って、なんで避けるんだよ千晶!」
「いや、何か高伸の目が嫌だったから」
「なんだよそれ!」
「手は私のタイミングで繋ぐから」
「まぁ、それでもいいけどさ……」
千晶は深呼吸すると、手のひらを上に向けて高伸を見る。
「高伸、お手」
「わん!」
高伸は言われたとおりに、千晶の手の上に手を置いてから、千晶の手をはたいた。
「って、違うだろ! 俺は犬かよ!」
「あはは、冗談だって。ほら、握ろう」
今度は手のひらを上にするのではなく、横にした状態で高伸の前に差し出してくる。
高伸は少し疑り深い目を向けながらも、千晶の手を握った。
「いいですね~。恋人繋ぎもできますか?」
斎藤にそう言われて、2人は顔を見合わせると、お互いに指と指を絡めた。
「高伸と、こういう手の握り方はした事なかったよね」
「どう? 俺の男らしい手に惚れちゃった?」
「惚れるわけないでしょ。バカなの?」
「ひどい……っていうか、冷たすぎる」
「言葉からにじみ出る友情感。いいですね。男女の友情が成立している姿が見れて、私も嬉しいですよ。はい、では離してください。次の課題に行きますね」
斎藤がそう言うと、千晶は簡単に高伸の手を離した。
「お前さ、もう少し名残惜しそうにするとかないの?」
「何で?」
「……もう、いいです」
「どんどん行きますよー! 2つ目。2人で20秒見つめ合ってください」
「高伸と見つめ合う?」
「そうですよ」
「千晶と見つめ合うだけでいいんですか? もっと他にも……」
高伸がそう言うと、すかさず千晶が高伸をパシッと叩いた。
「斎藤さん。すみません、カウント始めて下さい」
千晶は高伸の胸倉をつかんで、自分の方に向かせる。
「千晶、これなんか違くないか?」
「あんたが余計なことしか言わないからよ」
「本当に仲がいいですねー。ではカウント始めまーす。20,19、18……2、1、0。はい、ありがとうございます!」
カウントが終わると、千晶はすぐに高伸を解放した。
「く、苦しかった……」
「見つめ合うって苦しいものなのよ」
「俺の場合は物理的にだったけどな」
「気のせいじゃない?」
「お前は~……」
「どんどん行きましょうか。3つ目は、お2人でお互いの良いところを褒め合ってください。最低でも3つは良いところを言ってくださいね」
斎藤はフリップを出し、スタートの合図を出す。
「高伸の良いところ……? そんなのあるっけ?」
「おい! ったく、ちょっとは真面目にやれよな」
「じゃああんたは、私の良いところを3つも言えるわけ?」
「当たり前だろ」
「じゃあ言ってみてよ」
高伸はゴホンと咳ばらいをしてから、千晶を見る。
「千晶の良いところは一緒にいて楽しいところ、素でいられるところ、あとおっぱいが大きいところ」
バシッ
「最後のは余計だ!」
千晶はまた高伸の腕をはたいた。
「でも俺が良いところだって思ってんだからいいだろ」
「このスケベ野郎め」
「千晶、言葉遣いが荒いぞ。まぁ、俺はそういうところもいいと思ってるけど」
「はいはい、友だちとしてはそうかもね」
「じゃあ、千晶も言えよ」
「私もかぁ……うーん」
千晶は首をひねってから、高伸を見る。さっきまでよりも、少しだけ真面目そうな表情になっていた。
「高伸は意外と後輩思いだよね、人の相談には一応真面目に乗るし、後は意外とガタイが良いところ?」
「ガタイって、千晶も俺の身体を見てんじゃねぇか! このエッチ」
「違うわよ! 他に褒めるところがないから!」
「まぁ、千晶は鍛えている男の身体が好きな女だもんな。俺の筋肉に触ってみるか?」
「いらないわよ!」
バシッ
千晶はまた、高伸の腕をはたいた。
「いいですねいいですね。課題をクリアしていっても、友情を貫いてくれていて。では次に行きましょう。ちょっと待っててくださいね」
斎藤はそう言うと立ち上がり、キッチンに行ったかと思うと、今度はお酒を持って戻ってきた。
「4つ目の課題は、2人きりでお酒が飲めるかどうかです」
「え? それだけ?」
「そんなのしょっちゅうしてるよね」
高伸と千晶は拍子抜けしたような顔で、缶チューハイを開けて乾杯をし、飲み始めた。
目の前にあった、4本の缶チューハイはすぐになくなってしまう。
「いいですねー。勢いがあって、お2人ともほろ酔いな感じもいい絵になりますよー」
斎藤は嬉しそうに微笑んでいる。そして次のフリップを出した。
「どんどん行きますよ。5つ目の課題は、お互いに耳元で愛の言葉を囁くことです」
「あ、愛!?」
千晶は驚きつつも、身体を引いている。
「高伸に愛なんてないんですけど」
「大丈夫。疑似的なものです。適当に囁いてみて下さい」
「えー……でも」
千晶がどうしようかと悩んでいると、高伸が千晶の肩に手を置く。
「千晶、成功報酬のためだと思えばいいんだよ」
「……まぁ、それもそうか」
「そうそう。ほら、じゃあ俺から行くぞ」
高伸は少し酔っているせいか、さっきよりも積極性が増してきていた。
高伸は千晶の両肩に手を置き、千晶の耳元に自分の口を寄せる。
「千晶のこと……愛している。本当はずっと好きだったんだ」
熱っぽい言葉をささやき終えると、高伸はそっと千晶から離れた。
「……やっぱ、軽い男だよね。あんたって」
「って、何でそうなるんだよ! 俺の言葉でクラッとしたりしないのか?」
「いや、だってあんた彼女いるし。こういうことを、平気で誰にでもやってるんだろうなって思って」
「信用ねぇな俺……」
「普段のあんたの行動のせいよね。ま、いいや。じゃあ私も演技でいいなら」
「演技……」
千晶は高伸の耳元に自分の顔を寄せる。
「高伸、好きだよ。私もずっと好きだったから、嬉しい」
「……千晶! やっぱりお前……!」
パシッ
千晶は高伸からスッと離れると、腕をはたいた。
「だから演技だって言ってるでしょ!」
「……はい」
「いいですね。いいですね。お2人とも演技がお上手です。ですが、ここから先はどうでしょうか。6つ目の課題は……ばーばん!」
斎藤が勢いよくフリップを出す。
「ラップ越しにキスです!」
「なっ!」
「えっ!?」
ここまで課題をクリアしてきた2人も、さすがに驚きを隠せないようだった。
「おっと、やはりこれは難しいですか? ほら、欧米ではあいさつ代わりにキスをしますよね? ラップ越しなので、舌を入れるキスではありませんし、友だち同士でもこれぐらいならできるかなと思ったのですが、いかがでしょうか?」
高伸と千晶は、横目で見合いながら、目で会話をしているようだ。
「無理ならいいですよ。ここでチャレンジは終了となってしまいますが――」
「い、いえ、やります!」
高伸が斎藤からラップを奪い取る。
「え、高伸!?」
「いいだろ。ラップ越しなら。恋人がいても、これならノーカンだって」
「……そうなのかな」
「そうだよ。軽い挨拶だって思えばいいんだって」
「挨拶……挨拶か……そうだね、よし、やろう!」
高伸はラップを千晶に渡し、千晶は自分の唇付近にラップを引いて目をつぶる。
「じゃあ、行くぞ」
「う、うん」
チュッ
軽く触れるか触れないかぐらいのキスをする。
ラップは薄いので、相手の唇の形が伝わり、2人は初めて少し照れた。
「いいですね。何だか友情というよりも、初々しい2人が初めて見れた気もしますが」
斎藤は次のフリップを出す。
「どんどん行きましょう。7つ目の課題は、お互いにハグをするです。6つ目の方が難易度が高かった気もしますが、今なら簡単に出来そうですね」
「ハグだって」
「……何でちょっと嬉しそうな顔をしたのよ、このエッチ」
「エッチって何だよ。これは成功報酬を得るためなんだから、ほらハグしようぜ」
高伸は両手を広げた。
「……わかったわよ」
千晶もしぶしぶ手を広げて、お互いにちょっとずつ近づいてハグをする。
斎藤はラップ越しのキスよりも簡単だと言ったが、ハグの方がお互いの体温が伝わってくるので、少しだけいけないことをしている気持ちに千晶はなった。
「いいですねー。これもクリアっと。じゃあ次はこれです」
斎藤は次のフリップを出す。
「8つ目の課題は、お互いの名前を呼び合って正面から好きだと言うです。さっきお2人は愛を語り合うところで、好きだって言い合っていましたが、ここでももう一度言ってください」
斎藤はとても楽しそうにニコニコしている。
確かにさっきも耳元で愛を語り合った高伸と千晶だが、お互いにさっきまでとは少し違う照れが、心の中に芽生え始めていた。
「こ、こんなの簡単よ」
「そうだな。さっきも言ったし」
高伸と千晶は見つめあう。
「じゃあ、今度は千晶から言えよ」
「良いわよ」
千晶は深呼吸をしてから、高伸を真っすぐに見つめる。
「好きよ、高伸」
「俺も好きだ、千晶」
2人はお互いに好きだと言いあってから、目をそらさない。
パンッ
斎藤が手を叩くと、ハッとしたような表情になり、2人は我に返った。
「いいですよいいですよ。まさかここまで順調に行けるなんて思ってみませんでしたから。素晴らしい友情ですね」
「友情……そうね。異性としては見れないし」
「ま、まぁ、俺もそうだけどな」
斎藤は次のフリップを出す。
「9つ目の課題は、ラップ越しのキスを3分間してもらいます!」
「3分!?」
「ちょっと待って、それはいくらなんでも長すぎないですか?」
高伸と千晶は珍しく意見をそろえて斎藤に訴える。
斎藤はフリップを見て首をかしげた。
「3分は確かに難しいかもしれませんね。ラップ越しなので、舌を入れられるわけでもないですし、1分にしましょう。これならできますよね?」
斎藤はニッコリと微笑む。
その笑顔を見て、高伸と千晶はできないと言えなくなった。
「千晶、準備しろよ」
「わ、わかってるわよ。1分なんてすぐに過ぎるわ」
千晶が唇にラップを敷くと、高伸が唇を合わせに行く――
フニッとした唇の感覚が、お互いに伝わってくる。先ほどのラップ越しのキスは、一瞬触れたか触れなかったかぐらいのキスだったが、今回は違う。相手の唇の感触が伝わってきても、唇を離すことができない。
そうなると、他の感覚も伝わってくる。
相手の息遣い。
相手の匂い。
相手の体温。
そしてキスをしているという実感。
「30秒経過―」
斎藤の声が聞こえてくる。
まだ30秒しか経っていないのかという感覚と、
もう30秒も経ってしまったのかという感覚。
前者の感覚はいいのだが、後者の感覚は少々まずいというのも、千晶の中にあった。
そしてすぐに、これはお金のためにしているんだという当初の目的を思い出し、自我をコントロールする。
「……はい! 1分経過! お見事です!」
斎藤の声とともに、千晶は高伸を突き飛ばした。
「いって。何も突き飛ばすことないだろ」
「うるさい! あんたが、もたもたしているからよ」
「もたもたって……本当に千晶は凶暴なんだから」
「なんか言った?」
「いいえ、別に」
「いいですね。2人も。まだ男女の友情があるって証明できていますよ。次は前半戦最後です」
斎藤は勢いよくフリップを出す。
「10個目の課題は1分間のハグです! さっきもキスの後にハグをしましたが、これも楽勝でしょう。さ、始めて下さい~」
斎藤は高伸と千晶に休憩を与えずに、すぐにハグをするように言う。
「え、あ」
「あ……」
2人も斎藤の勢いに流され、すぐに抱き合った。
先ほどのキスの余韻もまだ残っているのに。
「じゃあカウントスタート!」
ノリノリの斎藤は、1分間のカウントを始めた。
高伸と千晶はお互いの背中に手を回し、ハグというより抱きしめあっている状態になっているのだが、2人は気づいていない。
そして、ぎゅうぅっと手に力が入ってしまっていることにも気づいていない。
ただこれは斎藤に課題を出されたから、しているだけだと思いこもうとしている。
「はーい30秒経過」
やけに楽しそうな声を出す斎藤に、千晶は初めて少しイラっとした。
だが、課題はこれで半分。残りの10個の課題をクリアできれば、2万円だ。大学3年生の千晶にとって、2万円は大金。それだけあれば、欲しかった化粧品も買うことができる。
「はい、お疲れ様です。1分経ちました! お見事ですね」
斎藤の声が聞こえて、千晶は高伸から離れようとするが、高伸が抱きしめる力を弱めない。
「高伸! 1分過ぎたって!」
「え!? あ……わりぃ」
高伸は少しボーっとしてきているのか、千晶に言われてようやく抱きしめる力を抜いた。
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