第10話

1/1
915人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

第10話

一時間早く家を出て、降車駅から徒歩で会社があるオフィスビルに入っていく。今回は代表である小沢隆人(おざわたかと)が直々に同席してくれるため、まずはきちんと挨拶をしてから時間まで資料を確認するつもりだ。 「来たか篠束、こっちだ」 「おはようございます。小沢さん、本日はよろしくお願いします」 「おう」 コーヒーを片手にフランクに声をかけられ、姿勢を正して頭を下げた。いい意味で社長らしくない彼は三十四歳と若く、学生時代から交流がある渉にとって信頼できる人物だ。 フレックスタイム制を導入した弊社でも、請け負う案件の納期が迫ると始業時刻から出社し、一日中パソコンの前に張りつく社員もいる。そのため隆人のオフィスではスーツ着用が義務ではなくて、外回りやクライアントとの打ち合わせがある日はジャケットを着ることになっていた。 齟齬がないようにざっと要点を話し合う。いつもならば問題ないだろうと言って軽く済ませるのに、めずらしく歯切れが悪い。 「あー、内容に変更はないと思うんだが、ひとつだけ耳に入れてほしいことがある」 「なんですか?」 「今朝早くに連絡があって、担当者が体調不良のため急遽代理が来るらしい。たいぶ癖があるやつみたいだから、なにかあったら俺に言え」 「は、はい。わかりました」 依頼先の担当者が事前に断りを入れるなんて、一体どんな人物なのだろう。 そうしているうちに約束の十五分前になった。小会議室に移動して相手が来るのを待つ。四人掛けのテーブルで隆人の隣に座っていると、コンコンとドアをノックをして小太りの男性が入室してきた。 「大変お待たせいたしました! 本日お約束していた川上の代理で、杉木と申します!」 他社の一室という場にそぐわない大声で名乗り、わざとらしい笑顔で敬礼した杉木の額は汗で光り輝いている。席に着くまでの動作や口調もいちいち芝居がかっていて、社会人にもなって初対面の相手に失礼だが、苦手かもしれないと思ってしまった。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!