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第13話
多くの会社が昼休みに入っているため、きれいに舗装された歩道ではサラリーマン風の男女が行き交っている。ところどころに移動販売の車両が止まっていて、あまり昼時のオフィス街に馴染みがない渉からすれば、フリーマーケットなどのちょっとしたイベント会場のようだった。
(だんだん着く頃かな)
通勤で利用する最寄り駅が見えてきた。構内に入ると、渉が進む方角を向いてちらほらと人が立ち止まっている。なにかあったのかと疑問に思いながら瑛斗を探せば、周囲の視線の先から歩いてくる彼の姿があった。
声をかけられるまではいかずとも、注目されていることに違いはない。状況を察して気後れするうちに、顔を上げた瑛斗が渉を見つけて、ふわりと微笑んだ。
「お待たせ。仕事お疲れさま」
「あ、ありがとう」
「さっそくだけどお昼食べに行こうよ。渉はなにが食べたい?」
同じ部屋で過ごしていても、時折目を奪われる。数時間前に自宅から見送ってもらったばかりだし、髪型も服装も朝から変わっていないのに、外で会うという慣れないシチュエーションにそわそわして落ち着かない。
隣に並んだ瑛斗に自然と指を絡められ、少しだけ掠れた声が胸に染み渡っていく。
(……夢でも見てるみたいだ)
Ωとして生まれたからには、望まぬ事故を防ぐために体調管理と自衛を求められることは仕方がない。心配してくれるやさしい両親に恵まれて、発情期によるヒートが起きても抑制剤や部屋に引きこもることで難を逃れてきたし、他人を誘発して非合意な性行為をされたこともなかった。
今の生活に不満はなく、在宅で仕事ができる環境は願ってもないことだとわかっている。しかしどうしても他人との関係に一歩踏み込めなくて、高校生のときはαのクラスメイトと距離を置いてしまっていた。
出会いは偶然でこうしていることが不思議だけど、するりと心の隙間に入ってくる瑛斗に癒されている。
「疲れた? 難しい顔してる」
「ううん、そんなことないよ。混んでるかもしれないけど、近くにある洋食屋さんに行ってみようか」
「いいね」
ぼんやりした頬を指先でそっと撫でられた。くすぐったさに大丈夫と笑って、反対側の出口を目指す。
それにしても、自分は思っていたより表情に出やすいのだろうか。会社で起きたことは一旦忘れて、これからの食事と買い物を楽しもう。
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