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第20話
上司にメールで連絡を入れて、折り返しの電話で指定された時間に会社へ出向いた。提出データが入ったパソコンと、ヒート周期の休暇申請書を持参してある。
オフィスのドアをくぐると隆人の補佐役でもある村田に迎えられ、申し訳なさそうに眉を下げながら彼の不在を教えてくれた。
「ごめんね篠束くん、さっきまでいたんだけど急な呼び出しがかかっちゃって。僕が代理で預かります」
「そうなんですね。わかりました、こちらのデスクお借りします」
「うん。他にも伝言があれば引き継ぐよ」
親切な村田の厚意に甘え、それではと申請書が入った封書を渡すようにお願いする。快く引き受けてくれたことにお礼を言って、データの転送処理を済ませると、完了報告をしてから失礼しますと席を立った。
あまり長居しては集中する同僚の妨げになってしまう。隆人に書類を受理してもらえれば、次回の案件までしばらく日にちが空くはずだ。
予定よりも早く終わったので、オフィス街から少し離れた場所にあるかかりつけの病院を受診することにした。ヒートの抑制剤を処方してもらいたい。
「寄り道して帰ります、っと」
一応瑛斗に連絡を入れる。いちいち必要ないとも思うけれど、なんとなくそうすることが習慣になっていた。
横断歩道の信号が点滅して、赤になったため立ち止まる。当日の電話予約はできただろうかとスマホで病院の番号を検索していたとき、ふいに聞き覚えのある特徴的なトーンで話しかけられた。
「おやおや!? 篠束さんじゃないですかあ! お仕事順調ですか!?」
「……杉木さん」
「そうです杉木です! またお会いできましたねえ!」
相変わらず声量の調整が苦手なようだ。さりげなく後退れば杉木も同じだけ距離を詰めてきて、前回は会議室のテーブルを挟んでいて気づかなかったが、他人との物理的な距離も近いタイプらしい。
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