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第21話
「お疲れさまです。期日通りに仕上がる予定です」
「美人で仕事も早いなんて素晴らしい! これは小沢さんが隠そうとするのもわかる気がするなあ!」
渉が隠されたことなど一度もないし、なにを言いたいのか今ひとつ理解できない。青に変わった信号を渡りたいのに、一方的に話し続ける杉木に引いてしまう。
「すみません、これから行くところが」
「あ! そういえば見ましたよ! こないだ駅の近くでイケメンと手繋いでましたよね? 浮気がバレたら怒られちゃうんじゃないですかあ!?」
諦め混じりに聞き流そうとして、瑛斗の話題を出されたことにひどく嫌な気持ちになった。さらに飛び出した浮気というワードに耳を疑い、いつからこの男のなかで隆人と交際していることになったのかと絶句する。
それからも畳みかけるように人聞きが悪いことをべらべらと話し続け、まったく身に覚えがないことばかり言うのが不気味だった。
「ところでどっちが本命」
「うるせえな。道端で喚くな」
「……小沢さん!」
路肩に停車したタクシーから隆人が降りてきた。ちょうど外出先から帰社する途中だったらしく、不快そうに眉を寄せながら杉木に詰め寄る。
「社会人なら礼節を弁えろ。川上からなにも聞いてないのか?」
「は、はい? 彼女に担当が戻るとしか」
「それだろ。取引先のプライベートを勘繰って妄想で騒ぎ立てるようなやつに、まともな仕事が任せられるかよ」
凄みのある声で指摘するように吐き捨てると、怯んだ杉木を一瞥して渉との間に立った。長身の隆人が睨みつける姿には、傍から見ても怖気づきそうな迫力がある。
「俺にはこいつらを守る義務がある。それが仕事相手なら尚更だ」
「ぎ、義務って」
「うちの大事な社員だからな。……篠束、あとで連絡する」
肩越しに振り向き、軽く顎で道を促された。頼もしい上司の気遣いが心に染みて、杉木の意識が逸れているうちに病院までの道を急いだ。
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