912人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
第9話
服のなかに入り込んだ腕にしがみつき、途切れ途切れに降参を告げる。ぐったりとした渉から言質を取ると、うれしそうに笑いながらついばむようなキスをした。
「在宅で仕事するなら俺のこと見張ってて」
「そんな余裕ないよ……」
渉の仕事はプログラミング関係だ。専門学校に在学していた十九歳の頃、講師に紹介されたアルバイト先が現在の会社だったりする。
当時は起業して間もなかったが、現在は順調に軌道に乗ってる。代表がΩの体質に理解があり、ヒートの周期によって休暇を取ることに引け目を感じていた渉に、在宅でも支障がない仕事を振ってくれるようになった。その代わり納期まで一週間程度の案件が多いが、最終チェックはしてもらえるので支障はない。
明日は十時から次回の案件の打ち合わせがある。そこで細かいスケジュールなどを調整して、あとは持ち帰って取りかかる予定だ。
「瑛斗の着替えはどうしよう? 他に着れそうな服あったかな」
「俺はなんでもいいけど」
先ほど立って並んだところ、背丈は頭ひとつ分ほど差がある。スウェットならば丈が足りなくても履けるだろうから、今日はそれで過ごしてもらうしかない。
どうせもともとひとり暮らしの部屋だ。取られて困るものもそんなにはないし、渉がいないときに仕事用のパソコンを触らせなければいいだけことで、瑛斗がセキュリティを破れるとは思えなかった。
「打ち合わせって何時まで?」
「たぶんお昼くらいかな。帰りは午後になると思う」
「じゃあ迎えに行くからさ、俺の服選んでよ。買い物に行こう」
おもむろにテーブルの横へ手を伸ばす。定期購読している専門雑誌の隣に、チャック付きの透明なビニール袋が置いてあった。
くたびれたそれには数少ない瑛斗の所持品が入っている。カバンを持たない彼にとってはヒモ生活になってからの必需品で、意外と便利なのだとあっさり言った。結局はそれが功を奏して、雨に降られても財布やスマホが無事だったのだ。
たしかに現金は少ないけれど、実は財布の奥にカードがある。ホテルで何泊もできるほど蓄えはないが、高校からのアルバイトで貯めた自分の口座だ。
「そのくらいは払えるから安心して」
だから行こうと提案され、今更ながら連絡先を交換する。数駅先の降車する駅を伝えて、あとは様子を見て待ち合わせる約束をした。
最初のコメントを投稿しよう!