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「紗都里。やっぱり、青山は源来の事が好きなんだな」
「ウッチー。それ、本人は、バレて無いと思っておるゆえ、ウッチーの胸に閉まっておきたまえ」
明日から期末テスト一週間前になる帰り道、反対側のホームに立つ青山を、紗都里と並んで眺めながら、目も合わせずに話をする。
「いや、もう、源来も気付いてるよ。この前、『俺、青山に好かれてると思うんだけど、避けられるんだ。どうしたらいい?』って相談された」
「フムフム。源来がそんな相談を。あいつが恋愛に興味を持つようになるとは、私は嬉しいよ」
「源来が興味持っても、青山があの調子じゃ、近づくに近づけないよ」
「青山は バレていないと思い込んでいるからな。私にも相談しない所を見ると、付き合いたいと思ってないのでは」
「そうか。でも、身近に恋が成立しそうなカップルがいるのを黙って見守れるほど、大人じゃ無いんだな、俺は。それに、高校最後の思い出には『恋』って必要不可欠だと思わないか?」
「人の恋で思い出を作らずに、自分が恋をしろ」
「俺にキラキラな恋は難しそうだから、紗都里が協力してよ」
「は?」
「俺、紗都里の事が好きなんだけど、勇気が無くて告白できないから、良い感じになれるように、この夏、一緒に過ごす時間を作って欲しんだ」
「は?」
「って、夕弦に相談する。そしたら、あいつ、いいヤツだから、紗都里を遊びに誘うだろ。でも、紗都里だけだとあからさまだから、青山も一緒に来てもらう。そうなると、自然と源来と青山が一緒に過ごす時間ができて、二人の距離が近づくって作戦」
「まどろっこしい作戦だな。でも、そんなことでは、青山は来ないな。私一人で行って来いと、絶対に言う」
「だったら。紗都里は夕弦の事が好きで、友達じゃなくて女の子として見て欲しいんだけど今のままじゃ無理なんだ。でも、青山が一緒にいてくれたら少しでも女の子として見てくれそうな気がする。とでも言えば、青山もいいヤツだから、紗都里のために協力してくれるんじゃないの?」
「何で私が夕弦の事をっ!」
「源来じゃ本末転倒だし、司は絶対無いし、俺だったら偽りの両思いになちゃうし。『ちょっと意外』ぐらいの夕弦が丁度いいんだよ」
「『ちょっと意外』って…」
「まぁ、その方向で考えてみてよ。紗都里も、青山と源来に上手く行って欲しいだろ」
「まぁ、それは…」
普段落ち着いている紗都里も、あの時ばかりはかなり動揺して、必死に平静を取り戻そうとしている姿が、可愛くて。俺はニコニコ笑いながら、平熱を0.5度ほど上げていた。
源来と青山をどうにかしてやりたいって気持ちは本物だったけど、紗都里と夕弦もどうかなればいいと思っていた。
紗都里が夕弦を好きな事は気が付いてたし、夕弦が紗都里をそんな風に見て無い事も知っていた。でも、俺が紗都里を好きだって事にしておけば、夕弦は仲の良い友達を取られる焼きもちを恋愛だと勘違いするかもしれない。そうなったら、紗都里を意識するかもしれないと思ったんだ。
俺の視線の先にいる紗都里には、いつも笑っていて欲しいから。
なんて、これは建前で。俺の長い片思いが実る事は無いだろうけど、少しでも俺の事を意識して欲しいという思いと、本当に夕弦と紗都里が上手く行けば諦められるかもしれないという、自分本位のせこい考えで、源来と青山に便乗して紗都里の気持ちを動かそうとしたんだ。
例え冗談でも、紗都里を俺の恋で動揺させたかった。
表面上は上手く取り繕えてしまう俺は、嫌気が差すほど恋愛下手で、クールな振りをしている小心者でしかなくて。本当は、司みたいに、素直で真っ直ぐに「好きだ」と言える恋に憧れて。青山みたいに、勝手に相手に伝わっちゃうくらい隠せない恋が羨ましくて仕方なかった。
作戦決行を告げられたのは、テストが終わったその日だった。
駅のホームで電車を待っていると、いつかみたいに隣に紗都里が並んで立ち、向かいのホームに立つ青山を真っ直ぐ見たまま口を開いた。
「ウッチーの計画を遂行する。でもそうなると、この夏は、オチオチ受験勉強をしていられなくなるが、いいのか?」
「問題ない」
「だよな。ウッチーのそう言うところは、カッコよくて惚れ惚れするな」
少し鋭い目元をクシャクシャに崩して、少し薄い唇を命一杯上に上げて、華奢な肩をキュッとすぼめて笑う紗都里は、ドキッとするくらい可愛くて。そんな紗都里の口から「カッコよくて惚れる」なんて言われたら、告白されたわけじゃ無いって分かってるけど、体温が1度上がる。
俺は火照った顔を隠すために、何時もみたいにニコニコ顔を作って笑った。
これだけでいいんだ。
こんな風に、不意に俺の体温を上げてくれるだけで良かったんだ。
高校に入学した時、綺麗な子だなと気になった。
夕弦や源来の友達だと知り興味を持った。
紗都里は黙っていれば綺麗で少し近づき難く見えるけど、話してみると元気で明るくて、夕弦たちと一緒に馬鹿な事をする、面白い子だった。
夕弦たちには性別を超えた友達かもしれないけど、俺には、見た目とのギャップが余計に良くて、恋に落ちてしまう女の子だった。
紗都里に恋をしてから知ったんだ。紗都里にも恋をしている相手がいると言う事を、それが夕弦だって事を。
だからこの恋は、誰にも明かさず燃え尽きるのを待つだけの恋にしようと、自分に言い聞かせていた。
俺の恋がじっとしていれば、紗都里が笑顔で、夕弦も笑顔で、源来も青山も、ついでに司も笑顔でいれる。だから、それで良かったんだ。
なのに俺は失敗した。
長い片思いに、ちょっとだけ刺激を求めたら、予想よりも大きく心が動いてしまって、俺は自分の恋をコントロールできなくなってしまった。
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