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 俺と紗都里の計画通り、源来と青山は少しずつだけど、いい感じに近づいていた。今日も、肝試しでいい感じの状況を作り出し、更に距離を縮める予定だったのだが、急な雨で計画は中止になった。  肝試しが雨で中止になったのに、わざわざ雨の中で遊んでずぶ濡れになったため、男4人は源来の家に泊まる事にした。紗都里と青山も、紗都里の家に泊ると言って別れた。    あの雨の中脅かそうと、紗都里の後ろに潜んでいたら、青山との会話を聞いてしまって、その時の紗都里の悲しそうな話声が、今も頭の中で再生していて、俺は夕弦に対して一方的にイライラを募らせていた。  紗都里の気持ちも知らず、楽しそうにゲームをする夕弦に、漫画を読むふりをしながらボソッと「紗都里の白いワンピース姿、可愛かったな」と嫌味を込めて言ってみた。  「あぁ。何かお化けみたいで似合ってた。ずぶ濡れになったら余計本物に近くなってたよな。さすが紗都里、抑えるところ分かってるから好きだわ」  「は?好きって」  「友達としてだよ。俺は紗都里の事、友達以上には思ってないから。安心しろ」  「安心って…。浴衣姿も水着姿もいつもよりも、すごく可愛かったのに、夕弦は何とも思わなかったのかよ」  「思わないよ。いや、可愛いとは思うけど、ウッチーみたいに特別な目で見て無いから、紗都里の事」  「は?」  ゲーム画面しか見ていない夕弦の横顔を、手に持っている漫画の存在を忘れて、鋭く睨んだ。  「じゃぁ、青山はどんな目で見てるんだよ」  イヤホンを付けて動画を見ていると思っていた源来が急に会話に入って来てた。俺はビックリしたけど、睨んだ先にイライラを爆発させそうだったから、助けられた。  視線と話題を源来に移し、まだ体に残るイライラを蹴散らす。  「源来は特別な目で見られそうか?青山の事」  「うん。もうはっきり分かった」  「えっ?何?源来って青山狙いだったの?」   夕弦がゲームのコントローラーを置いて、興味津々の顔でこちに身を乗り出す。  「いや、正確には、青山が源来狙いと言うか」  「へ~。青山って、源来の事が好きなんだ。全然気付かなかった」  「で、告るの?」  「う~ん。告って、付き合えると思う?」  源来が珍しく真剣に悩んでいる。こうして人に、素直に相談できる姿が少し羨ましい。  「青山の方が源来の事、好きなんだろ?だったら問題無くない?」  夕弦がキョトンとした顔で、当然の回答をする。  「青山って、こっち見てるのに目が合うと逸らすし、話しかけても時々無視するし。俺の事、基本的に避けるんだよな」  「えっ?そんなこと無いだろう。普通にいつも楽しそうだし、いっぱいしゃべるし」  「それは夕弦だからだよ。好きじゃない人には、自然に出来るけど、好きな人には緊張して体が言う事効かないんだろ。ほら、小さい子供が好きな子を虐めちゃうみたいな感じ」  俺は青山をフォローするつもりで、夕弦に説明する。  「何だそれ。やっぱ面白れぇな青山は」  夕弦はケラケラといつものように楽しそうに笑うと源来に言った。  「でも、紗都里が源来に青山を取られたって、泣かなきゃいいけど」  「泣かないよ、紗都里は」  「イヤ。紗都里はしっかりしてるけど寂しがり屋だからな。まぁその時は、俺が慰めてやるから、安心しろ」  「じゃぁ、そうなったら頼むわ」  源来と笑い合っている夕弦に、蹴散らしたはずのイライラがまた戻って来て、普段なら口にする前に飲み込めるのに、我慢できずに言ってしまった。  「紗都里を泣かしてるのは、夕弦だろ」  「は?ウッチー、さっきから何か俺に突っかかるよな。俺は紗都里の事、何とも思って無いから安心しろよ。そんなに信用できないなら、ウッチーも、さっさと告って付き合えばいいだろ」  「俺が紗都里と付き合えるわけ無いだろ。夕弦みたいに単純じゃねーんだよ」  「俺が単純だって?ウッチーが回りくどいだけだろっ!そんなんだから紗都里に好きだって気が付いてもらえないんだよ」  「ウッチーと紗都里の事も興味あるけど、俺の方が先。青山と俺、どうやったら上手く行くと思う?」  掴みかかりそうなところを、源来に止められて、正直ホッとした。  こんな風に感情的になるのは俺らしくない。  「そんなの告ったら付き合えるだろ。好き同士なんだから」  単純な夕弦が素直に答える。  「だったら、100%成功する、最高の演出を考えろ」  「おう!源来の幸せは俺の幸せだからな。任せとけ!ウッチー、何かある?」  さっきまでケンカ腰だった俺に、夕弦はもう忘れたように人懐っこい笑顔を向ける。  こう言うところが敵わないだよ。  馬鹿で、素直で、単純で、友達思いで、優しくて、直ぐに機嫌が直って、いいヤツで。なのにイケメンって。  最強かよっ。  計算ばっかしてる俺が、勝てるわけ無いだろ。  さっきのだって、八つ当たりだと分かってるけど、「ごめん」が素直に言えないから、代わりに笑顔で応えることにする。  「夏の終わりは、線香花火だろ」  「は?線香花火?」  幼馴染みの二人は、息ピッタリに首を傾げて、ポカンと俺を見る。  その姿が可笑しくて、笑いながら詳しく説明する。  「花火に誘って、みんなで楽しく花火をするだろ。で、もっとやりたいってなるだろ。そしたら追加の買い出しに行くよな。でも線香花火だけは残ってて、源来と青山は留守番を兼ねて二人で線香花火対決。線香花火って静かに持たなきゃダメだから意外と雰囲気作れちゃうんだな。で、青山はちゃんと伝えないと分からないタイプだから、源来がはっきり『好きです』って告って、めでたくハッピーエンドって流れ」  「おぉーーー!」  夕弦と源来が感嘆を漏らしながら拍手をする。  俺は悠々と首を縦に振ると手を挙げて拍手を止めた。  「じゃ、いつにするか日程を詰めよう」  「それより、紗都里と司にも説明しとかないと、二人っきりになれないんじゃないか?」  夕弦が心配そうに眉を潜めたが、心配ない。  「紗都里は最初から源来と青山の事知ってるし、司は教えない方がアイツの為だ。知ってると、余計な事言ってぶち壊すのが目に見えてるからな」  司はいいヤツなんだけど、素直過ぎて秘密が出来ない。サプライスは仕掛けるよりも仕掛けられる方が向いている。  「確かに。司はこのまま眠っていてもらおう」  源来のベッドで大きな体を丸めてスヤスヤと眠っている司を、みんなで見ながら頷いた。  「しかし、いつ紗都里と相談してんだ。全然知らなかったぞ。そんなに紗都里と仲いいなら、俺の協力なんて要らないだろう」  夕弦は形の良い唇を尖らせて、俺を軽く押しながら不満を言う。  これ以上は紗都里も可哀想だな。  夕弦は俺の恋をこんなに応援してくれているけど、夕弦に話した「恋」は「嘘」なんだ。  「紗都里の事が好きってのは、嘘だよ」  「へ?」  「この夏、源来と青山が近づくためには周りに巻き込まれる形の方が自然に進むと思って、紗都里と計画したんだ」  「何?じゃぁ、ウッチーが紗都里の事が好きってのは、全部嘘?」  「そう」  「それ知ってたのか?源来」  「直接説明は聞いてないけど、ウッチーが何か始めたのは、俺が相談したからだろうなとは思ってた」  「ちょっと待って。複雑すぎて分かんない」  俺と源来は明け方までかかって、この夏の計画を最初っから丁寧に説明した。  夏休みが終わって、秋が来て。  源来と青山がぎこちなく一緒に帰る姿を今日も見送って。  夕弦が女子に囲まれながら、ヘラヘラ笑っているのを教室の窓から眺めていたら、紗都里が隣に来て一緒に窓の外を眺めた。  「ウッチーとは、4月からも一緒の電車に乗る予定だから。受験勉強、頑張りたまえ」  いつか駅で楽しい夏の計画を話した時のように、俺たちは顔も見ずに話を進める。  紗都里の通う専門学校と、俺が合格する予定の大学は最寄り駅が同じで、俺が落ちない限り、卒業してもしばらくは顔を合わせることになる。  「問題ない」  「だよな。  青山と源来の事、ありがとう。すごく楽しかったよ、この夏は」  クスっと笑った声が可愛くて、思わず顔を向けそうになったけど、もう少し我慢して窓の外を見る。  「良かった。紗都里にとっても楽しい夏になったんだね」  「うん。でも、何でウッチーは私ことが好で、私は夕弦が好きな設定にしたんだ?ウッチーなら、もっとスマートな計画が立てられたのでは?」  そんなの、俺が紗都里が好きで、紗都里が夕弦を好きだからだ。  「しがない受験生の俺だって偽装恋愛ぐらいさせてくれよ。紗都里だって青山と恋バナとかしたいだろ?」  「それだけ?」  「それだけ」  俺たちはようやく目を合わせると、笑い合った。  紗都里の笑顔は、ホントに可愛くてズルい。  「確かに。ウッチーのおかげで、青山といっぱい恋バナ出来た。私の偽装恋愛は失恋に終わったけど、青山は幸せになれた」  窓の外で笑い声を上げている夕弦に視線を戻した紗都里の横顔は、笑っているけど、寂しそうだ。  俺は紗都里の横顔から目を離さずに呟いた。  「じゃ、俺の恋も終わらせなきゃだね」  ギュッと掴まれたように小さくなった心臓が痛くて、ズキズキと体中に苦痛を広げる。自分の言葉で心を痛めるなんて、本当に馬鹿だ。  「偽装でも、失恋って悲しいぞ」  紗都里も俺を見て口を曲げた。  何て切なくて、可愛い顔、するんだよ。  「じゃぁ、失恋した者同士、慰め合おう」  「は?」  俺は手を伸ばして紗都里をふわりと抱きしめた。  「ちょっと…」  少し動揺した声が俺の胸の中から聞こえて、体中から愛しさがこみあげてくる。  「偽装恋愛はこれで終わり」  俺のドキドキが紗都里に伝わる前に、腕を解いて開放したけど、これで終わらせるなんて無理だ。  「バカか」  紗都里はいつもみたいに目元をクシャクシャにしながら笑いうと、俺の腕をバシッと、力強く叩く。  これでいつもの俺たちに戻ると、いつもみたいに何でもない話をする。  俺も、いつもみたいな顔をしているけど、体の中はドキドキが漏れ出しそうだ。  こんなに好きで、側に居るだけで心が痛いくらい動いてしまうのに。  心は素直に真っ直ぐ、紗都里が好きだと言っているのに。  弱い俺は、まだ紗都里の心にいる夕弦が怖くて動けない。  だから、もう少し。  紗都里の心の中で夕弦が思い出になるまで見守ったら、素直に真っ直ぐな気持ちで、力いっぱい抱きしめる。    それまでは、制御不能な恋に振り回されるよ。     了
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