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 「可愛い♡紗都里。紗都里だって分からないくらい可愛い♡」  淡い水色とはっきりとした青色の牡丹の花が全体に描かれた浴衣に、紫色の帯を締め、いつもはヘアーアイロンで真っ直ぐ伸ばしている髪を下の方でふんわりまとめて、右耳の後ろに白い牡丹の髪飾りをつけ、両側のフェイスラインに沿って垂らした一筋の髪はゆるーく巻いている。  おまけに、目と口元にピンク色がのっていて、普段の鋭さが隠れていて、可愛い♡  「青山。それは普段の私は可愛くないと言っているのか?」  あ~。口を開けば何時もの紗都里だ。  男友達が多いからか、お兄ちゃんがいるからか、紗都里の話し方は少し男の子っぽい。普段はそんなに気にならないけど、こんなに可愛く変身出来たんだから、もう少し「可愛い」を意識したらいいのに。  「普段の紗都里も可愛いよ。可愛いけど、今日の紗都里はいつにも増して可愛いって言ってるの。だから話し方も、いつもより少しだけ可愛くしてみたら?そしたら、ゆず君も紗都里の事、意識しちゃうかもよ」  私は、必死に紗都里を説得する。  「んんー。まぁ、考えておこう」  「うんうん」  私は首をブンブンと縦に振って、期待を伝えた。  「青山の浴衣は涼し気で、何時もの3倍は落ち着いて見えるな」  私の浴衣は白地に紺色の線が縦に緩やかに入っていて、その間を真っ赤な金魚がユラユラと泳いでいる柄。帯は濃紺で下駄の鼻緒も紺色だ。  肩の上で切りそろえている髪は、普段はそのまま下ろしているけど、今日は、キュッと一つにまとめている。  落ち着いた大人の女性をイメージしたから狙い通りではあるけど、いつも塗らない赤いリップが、似合って無いんじゃないかって、未だに不安だ。  私達はお互いを褒め合う事で、いつもとは違う自分に後退りしそうな背中を必死に押し合っていた。  そうでなくても、浴衣で夏祭りという非日常的空間で、好きな人と一緒なんて、考えただけでもドキドキして、クラクラする。いつもより口数が少ない紗都里だってきっと同じ気持ちに違いない。  私は酸欠で倒れないようにと、意識しながら深い呼吸をする。でも何度吐き出しても、お腹の底から湧き上がる緊張感は体中に広がるばかりだ。  可愛いって思ってもらえるかな?  嫌、それは贅沢だ。  いつもと違うって分かるかな?  制服じゃ無いから、当たり前だ。  やっぱりリップ、赤過ぎるかな?  そもそも、リップの色なんて気付いてもらえないかもだ。  自答自問なのか天使と悪魔なのか、もう訳が分からないけど、私は待ち合わせの商店街の入り口まで、手に汗を握りながら自分自身を叱咤激励した。  「あっ、いた」  午後6時でもまだ明るい商店街の入り口に、浴衣を着た男子4人が学校と同じように、行き交う人々の視線を集めながら待っていた。  「どこに居ても、目立つ奴らだな」  紗都里は、ボソッと嫌味のような呟きを漏らし、一度だけ、深く深呼吸をした。私も習って、震えながら深呼吸をする。  「おーい、紗都里~。こっちこっち」  臙脂の浴衣を着た司君が長い手をブンブン振りながら、私達に居場所を教える。  紗都里は、胸の前で小さく手を挙げて応えると、前を見たまま私に声を掛けた。  「よし、行くぞ」  「はっ、はいっ」  私は上ずった返事をして、目立つ集団に歩み寄った。  「おぉ~、浴衣似合ってるよ。可愛いよ、二人とも。なっ、ウッチー」  黒い浴衣にライトグレーの帯を締めたゆず君が、いつもの王子様スマイルで褒め言葉をくれた。  「うん。可愛いね」  ゆず君に振られたウッチーが、鼠色の浴衣姿でいつものニコニコ顔を私達に向ける。 「ありがとう。みんなも浴衣似合ってるね」  私はわざとらしいくらい固い笑顔を作りつつ、食い気味にお礼を言った。だて、紗都里より早く口を開かなければ、私が一緒にいる意味が無い。  黙っていればとっても可愛い紗都里に、ゆず君からの「可愛い」をもっと言ってもらいたい。  そんな私の策略を知ってか知らずか。司君が「だろっ。浴衣なんて初めて着たけど、バッチリ着こなせてるよな」と大きな声で胸を張った。  みんな似合ってると思ったのは本当だけど、私の意識は源来君ばかりに向いてしまう。  白地に細い濃紺の縦線が入った浴衣を着た源来君は、日に焼けた肌によく映えて、いつもと同じように袖から腕が見えてるのに、今日は妙に艶っぽく感じてしまうのは、浴衣マジックなのかな?  相変わらず源来君の顔は見れないけど、首から下をしっかり観察しながら目に焼き付ける。  「よし、じゃぁまずは、集合写真だ!」  ゆず君が声を上げると、司君がスマホを持った手を伸ばし、上にあげた。  ゆず君は紗都里とウッチーの肩を引き寄せて自分の前に並んで立たせると、スマホを見ながら私を呼んだ。  「青山。もっと寄らないと、顔、半分しか入ってないぞ」  私は一歩近づいたけど、「もっと」と言うように大きな手に肩を掴まれて、引き寄せられた。  「はい、チーズ!」  スマホを見上げて、笑顔は作ったけど、私の意識は、薄い浴衣越しに感じる熱くて大きな手に集中して呼吸もままならない。  だってこの手は、絶対、源来君!  長い連写音にゆず君が「もういいよ!」と突っ込むと、みんなが笑って、司君がスマホを下ろした。それが合図だったように、私の肩を掴んでいた手も離され、私はようやく呼吸が出来た。  「腹減ったー。先ずは焼きそば目指して行くぞー!」  いつものように自然と先頭を歩く司君に、みんな笑顔で付いて行く。  紗都里を挟んでゆず君とウッチーが並んで歩くと、私と源来君が並ぶことになってしまって、せっかく戻った呼吸がまた苦しくなった。  「浴衣って、歩きにくいよな」  私の少し後ろを歩く源来君が話しかけたのは、きっと私だけど、顔を見て答えられるはずも無く、でも無視してしまうのは絶対いけないと、酸欠気味の私の脳でも判断ができて、紗都里の白い髪飾りから視線を外さずに、ぎこちなく答える。  「そっ、そうだね。歩幅が小さくなるから、何時もの倍の歩数、歩けるかもしれないね」  あぁーーーーー!  ちゃんと答えられたのは、とっても良かったのに、余計な事を付け加えてしまったぁー!  バカだと思われた。  イヤ。  バカだ。  これなら、「そうだね」で済ませるべきだった。  激しい後悔が、瞬時に襲い掛かって来て、慣れない下駄でおぼつかない足を、更に重くする。  「マジでそうかも。司に言ったら面白がって検証するかもな。でもそうなると、面倒だから、内緒な」  えっ?  内緒?  えっ?  大丈夫なの?  笑いを含んだ声で返してくれる源来君の顔は、やっぱり見れないけど、重くなっていた足は、逆に雲の上を歩いているかのようにフワフワした。  「源来~。花火って何時からだっけ?」  司君が後ろ向きに歩きながら、大きな声で聞いてくる。  「8時半」  少し声を張り上げて応える源来君は、やっぱり楽しそうな声をしている。  きっと、小さい顔の割に大きな口をキュッと上げて、白い歯を見せながら笑っているんだ。  私は、すぐそこにある源来君の顔は見ずに想像して、一人で密かに「ふふふ」と笑った。  「神社に行ったらまずはお参りだからな。俺たち一応受験生だから、ちゃんと神様にお願いしてから、焼きそばとりんご飴とかき氷だぞ、夕弦」  ウッチーが浮かれ出している私達に、喝を入れて現実を教える。みんな「は~い」とちゃんと返事をしてから、参拝の仕方を教えるウッチーの話を聞く。  でも、やっぱり私達は浮かれながら、夜店が並ぶ神社の境内を歩いた。  
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