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紗都里にLINEで「海に行こう」と誘われたのは、夏祭りが終わって10日後の、3日連続真夏日だと世間が騒いでいる頃だった。
毎日、受験勉強の集中が切れると、魂が抜けたようにボーっとしては、源来君の事を考えてしまい、幸せな反面、落ち込むと言う情緒不安定な日々を繰り返していた。
女子二人で海とは、また乙な事を。と思いながら、深く考えずに「OK」のスタンプを返した直後。「明日、9時、駅集合。みんな楽しみにしてるって」とのメッセージを読んで、魂が戻って来た。
「みんなって!みんな?えっ?あの4人って事?」
独り言にしては大きな声で叫んでだ後、動揺でスマホを2度落としてから、紗都里に電話した。
「みんなって…。みんなって。どなた様ですかぁ?」
一縷の望みにかけて、あえて4人の名前は出さずに聞く。
「夕弦、源来、ウッチー、司」
あぁ、神様。
私がイケナイ子でした。
もっと近づきたいなんて、わがまま。願うだけでも罰当たりでした。
どうか、嘘だと言って下さい。
今なら、ドッキリだと言われても、確実にいいリアクションが出来ます。
「聞こえてるのか?もしもし、青山?」
「あぁぁぁぁぁぁ。明日は親戚のおばちゃんが来る日だったので…」
「却下。例え本当でも、高校生は親戚のおばちゃんよりも、キラキラの思い出を優先しても良いと、私が決めた」
「あぁぁぁぁぁ。そんな殺生なぁぁぁぁぁ」
断末魔のような叫び声しか上げられない、混乱する私を、急にしおらい声を出した紗都里に、手のひらで転がされる。
「この間の夏祭り、すごくいい思い出になった。でも、終わっちゃったら寂しくて…。夕弦とは、卒業したら離れちゃうし、もっと特別な思い出が欲しくなって…」
「分かるぅ。キラキラの思い出が一つあればいいと思ってたんだけど、祭りの後の寂しさったら無いのよねぇ。寂しくて寂しくて、この寂しさを埋めてくれるのは、やっぱり好きな人との新しい思い出しか考えられないんだよぉ」
「その通り。青山は、ホントに私の気持ちを理解しておるな。実は好きな人がいるのでは?」
「えっ!なっ、何言ってるの。こんなの一般常識だよ。簡単すぎて、テストにも出ないよ」
「そっか。まぁ、そう言う事だから、明日、よろしく」
「よーし、任せといて。私、泳げないけど、張り切っちゃうから」
「張りられると逆に不安。水着を忘れても平常心は忘れべからずで!」
「了解!じゃ、明日ね」
という具合に、流されて参加決定。
「はぁ~」
もう何度目かも数えたくもないため息が、また無意識にこぼれ落ちた。
駅前。
8時45分。
眠れなかったのに早起きしてしまって、約束の30分前には着いてしまい、もう15分は一人でため息をついている。
「おはよう。早いな、青山」
背中を丸めてうな垂れている私とは対照的に、元気いっぱいの笑顔で司君が駆け寄って来た。
「おはよう。司君こそ早いね」
「まぁね。俺は部活で試合が多いから、集合するのは10分前って、もう細胞に刻み込まれてんだよな。」
「そっか、すごいね。…と言う事は、源来君も早く来たりするのかな?」
私は思わず背筋を伸ばして、辺りを見渡す。
「イヤ。源来は、ONとOFFがハッキリしてるから、遊びの時は大体遅刻」
「そうなんだ」
それを聞いて安心してたら、「お早う」とウッチーが登場した。
そこから一人ずつ集まって、約束の9時を5分ほど過ぎた頃、最後に源来君がやって来た。
「おはよ」
私は司君の影に隠れながらみんなの声に混ざって、呟くように「おはよう」と挨拶しつつ、観察する。
5分の遅刻は当たり前だと言うように、誰も何も気にしてなくて、源来君も、「ごめん」なんて顔もしていない。
なるほど。『遊びの時は、少し遅刻が当たり前』と、初めて知った情報を心のメモ帳に記録する。
今日こそ、適切な距離を取りつつ、紗都里をサポートしつつ、海での源来君を観察するぞ!と心に誓い、司君の影に隠れながら行動する。
電車での移動も、砂浜までの移動も、先頭を歩きたがる司君の後ろをキープしていれば、一番後ろが定位置の源来君と並んで歩く事は無い。視界の端にも源来君の姿が捉えられないのは、大変残念ではあるけど、海に行ってしまえば、適切な距離を取りつつ、存分に観察できることだろう。
海で遊ぶ源来君を砂浜からゆっくり眺められるなんて、想像しただけでも幸せだ。
私は少々鼻の穴を膨らませながら、水着に着替え、実はナイスバディの紗都里とキラキラと太陽が降り注ぐ砂浜に降り立った。
先に着替え終わって、浮き輪やビーチボールを膨らませている4人の下に近づくと、ゆず君は綺麗なお姉さんに声を掛けられていた。
しかしどうやら、笑顔で断っていて、私はホっと胸を撫で下ろす。
私の貧祖な水着姿ではどうしようも無いけど、紗都里のナイスバディがゆず君の隣に居れば、よっぽど自信がある女でなければ声を掛けたり出来ないだろう。
「お待たせ」
「おぉ~!青山はさっきとあんまり変わらないけど、紗都里はギャルって感じでいいねぇ」
司君がサングラス越しに紗都里を見て褒めると、ウッチーがフォローするように私に声を掛けた。
「青山の水着は可愛くて、良く似合ってるよ。青いフリフリが爽やかだね」
国公立大学合格確実のウッチーの語彙力を持ってしても、私に対する褒め言葉はそれくらいしか出てこないのかと思うと、何だか申し訳なくなって、思わず謝った。
「ごめん。もう少し大人になったら、ビックリするくらいエロい水着、着れるようになるハズだから」
「う、うん」
ナイスバディの紗都里の水着は、飾り気の無いシンプルなビキニなんだけど、しっかり胸の谷間が見える上に、色がオレンジとカーキで下がハイウエストタイプになっているから、レトロ感が逆に新しくて、ギャルっぽい雰囲気を醸し出している。
私の水着は、鮮やかなブルーのトップスに、胸の小いきさと寸胴のウエストが誤魔化せるように、ゆったりとしたフリルが付いている。下は白のショートパンツになっていて、着替える前に着ていたノースリーブとショートパンツが少し短くなったくらいの変身だ。
ゆず君は青と白の太いボーダー。
司君は目にも鮮やかな、赤。
ウッチーはカーキと黒の切り替えし。
源来君は、白とグレーのグラデーション。
ウッチーと司君は白いけど、ゆず君はこんがり小麦色。源来君はこれ以上焼けないんじゃないかってくらい、すでに真っ黒。
浮き輪を膨らませていた4人は、もう既に汗だくだ。
「あーー!暑い!行くぞぉー、海ー!」
司君が元気よく叫ぶと、私と紗都里の腕を引っ張って走り出した。
「えっ、ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってぇ~…」
言い終わらないうちに海の中に引きずり込まれて、私と紗都里は頭の天辺までずぶ濡れになった。
あ、浅いところで良かった。
安心していたのも束の間。浅い波間に座り込んで、濡れた顔を手で拭っていると、今度はゆず君に抱えられて…。
「えっ、待って…」
「待たないーーーー!」
更に深い方へと放り投げられた。
しょっぱい海水が口から鼻から入って来て、バタバタと水中でもがく事しか出来なくて。『死ぬーーー!』っと体中で叫んでいると、何か強い力に引き上げられて、水中から脱出出来た。
「ゲホっ、ゲホっ、ゲホっ。オェっ、ゲホっ」
激しく咳込みながら、生暖かい空気を肺に送る。
右腕を強く掴まれて、上に引き上げられているから、利き手じゃ無い左手でぎこちなく顔を拭っていると、まだ咳込んでいる私の背中をトントンと大きな手が優しく叩いた。
「大丈夫か?アイツら、女子にも手加減なしだな」
自分の咳に重なって、源来君の声が聞こえた。
えっ!
私は反射的に顔を上げて確かめようとしたけど、逆光なのか顔がぼやけてハッキリ見えない。
「おい。マジで大丈夫か?海の底で頭でも打ったか?」
目の前に手を広げられて、ブンブンと振られる。
声は源来君。手も近すぎて焦点が合わないけど、多分源来君の手。だけど、何でかハッキリ見えない。ぼんやりと、源来君の顔も、遠くの景色も、周りで泳ぐ人達も。
「あっ、コンタクト」
海の中でもがいてる時に、外れちゃったんだ。
「コンタクト?」
「うん。コンタクトが外れて、全然見えない」
「青山って、目ぇ悪かったっけ?」
「うん。裸眼だと生活できないレベル。この距離でも源来君の顔もハッキリ見えないし、紗都里達も何処にいるのか全く見えないんだよね」
「あぁ、紗都里は司と夕弦を追いかけて、すごいスピードでクロールしてる。で、ウッチーは浮き輪を持ってその後を追跡中。ほら、あそこ」
「あそこ?」
多分、指を指して教えてくれているんだろうけど、私には泳いでいる紗都里たちの姿は愚か、源来君の指さえハッキリ見えない。
「無理、見えないわ。予備のコンタクト持ってきてるから、つけて来るね。源来君もみんなと遊んで来て」
「イヤ。俺、泳ぐの苦手だし。足が着かないとこなんて、怖いから絶対ヤダ」
えぇっ!何それ。運動神経抜群の源来君にも、苦手なスポーツとかあるんですか!
怖いからヤダ。とか可愛い過ぎて、震える―ー!
どうしようっ、どうしようっ。
ダメなのに、顔がニヤけてきちゃうよぉ~。
でも、ここでニヤたら、泳ぎが苦手なのを笑ったように思われるかもしれないし。
私は、頬が緩むのを何とか堪え、同調の意を伝える。
「わ、私も泳げないの」
「みたいだな。じゃ、俺たちは、浅いところでチャプチャプやってよう。と、その前にコンタクトか」
「あぁ、うん」
「今、俺と目ぇ合ってるけど、見えてないんだよな?」
ん?
はっ!
そう言えば、視界がクリアじゃ無い分、自然と源来君に顔が向いてるし、会話も心無しかいつもより弾んでる気がする。
「もしかして、このまま見えてない方が、俺らは楽しくやれるんじゃねぇ?」
「えっ、そっそうかな?」
源来君から顔を逸らして俯いた私を、顔がはっきり見えるほど近くで源来君が覗き込んだ。
「俺、青山と楽しく遊びたいから、今日はコンタクトはお預けな」
「えー。見えないと私、まともに歩けないよ」
「仕方ない。じゃぁ、片目だけはめさせてやるよ」
「それは、それで、見えないんだけど」
「しょうがないな。そのかわり、見えるようになっても逃げるなよ」
「う、うん。努力します」
「ふっ。努力して下さい」
源来君は笑いながら私の手を引き、海から連れ出してくれた。
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