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夏休み最後のイベントは、花火と決まった。
「肝試しの神社で待ち合わせ」
ウッチーからLINEが入り、藍色に染まりかけた空の下に集まった。
「あっちに河原があるからそこでしよう。」
ゆず君がいつもの笑顔よりはニヤニヤと笑いながら先導する。
ウッチーがそんなゆず君の腕を肘でつついて何か囁いたけど、私は紗都里が気になって仕方なかった。
「もう終わりにする」と涙を堪えてから初めてゆず君に会うはずだけど、様子は変いつもと変わらない。
紗都里は源来君と私の後ろを歩きながら、中学校の同級生の話をしている。
紗都里はこうして、「いつもと何も変わらない」をどんな時もやって来たんだね。
勝手に想像したら、胸がギュッと締め付けられて、鼻の奥がツンとしたけど、私が「いつもと違う」じゃ、意味が無いって分かってるから、私も「いつものと変わらない」を意識して、司君と中身のない話を夢中でした。
河原での花火は楽しくて、花火をする事で自然と源来君と話せたし、紗都里もゆず君と楽しそうにはしゃいでいた。
沢山あった花火もあっという間になくなって、残りは線香花火だけになった。
「花火の動画撮るの忘れてた。コンビニで新しいの買って来るから、みんなで動画撮ろう」
ウッチーがそう言うと、ゆず君が司君に「そうそう、コンビニと言えば、司好みの女の子がそこでバイト始めたんだよ、一緒に見に行こうぜ」と言って司君も誘い、「喉、乾いた」と紗都里が言うと、ウッチーと一緒に河原を上がって行く。
「花火と飲み物買ってくるから、留守番よろしく」
ゆず君が私にライター、源来君に線香花火を渡すと、司君の背中を押しながら足早に河原を上がって行った。
何だか、わざとらしく二人きりにさせられた気がして、私は動揺し始めた。
「みんなが帰って来るまでに全部やっちゃおうぜ、線香花火」
なのに源来君は何も気にすること無く、素直に線香花火を始めようと蝋燭の側にしゃがんで、みんなを追いかけるかどうするか悩んでいる私を呼んで手招きをした。
「青山、こっち。始めるぞ」
私は仕方なく。いや。嬉しんだけど緊張しながら、源来君の隣にしゃがむ。
線香花火なんて、震えてる手で持ったらすぐに終わっちゃう。
でも、そんな事言えないから、平気な振りをして1本目の線香花火に火を点ける。
シュッ。と勢いよく火が着いてすぐ、パチパチと穏やかな火に変わる。
源来君も私に続いて、火を点ける。
思った通り、小刻みに震えている私の手では線香花火の火は直ぐに落ちた。
「早っ。何やってんだよ。はい。もう一本」
今度は直ぐに落とさないようにと、花火を持った右手を左手で固定する。
「じゃぁ、勝負な。負けた方は、どんな質問でも素直に答える」
「えっ?何それ」
「よ~い。スタート」
心の準備が整わないうちにスタートされて、慌てて線香花火に火を点ける。
手だけじゃなくて心もかなり動揺している私は、両手で持っていても安定しない。
それでも息を殺して、パチパチと燃える火種を落としまいと見守る。
「楽しかったな、今年の夏」
源来君の優しい声が、パチパチと静かになる線香花火と重なって聞こえるが、顔は上げられない。私は線香花火から目を離さずに静かに答える。
「うん。楽しかった」
「俺、青山の事、いっぱい知れて良かったよ」
「へ?」
驚いた拍子に、私の線香花火の火が落ちた。
でも、そんな事より、「私の事を知って良かった」って?
源来君は、「あっ、俺の勝ち」と小さく喜んだけど、まだ燃え続けている自分の線香花火から視線は上げない。
「青山って、よく目ぇ合うのにあからさまに逸らすし、話しかけてもほとんど無視だし。それなのに、俯いた顔は真っ赤だし、間接的に優しいし、挙動不審な行動が面白いし」
えっ…?何、その飴とムチ。
源来君の言葉に私の気持ちは、ジェットコースターみたいに一喜一憂、アップダウンして、ドキドキなのか、ワクワクなのか、ソワソワなのか、もう分からなくてぐちゃぐちゃだ。
「青山って、賢くて真面目なのに抜けてていい加減なとこが良いよな。それに、黙ってたら可愛いのに、そんなの気にしないで面白い事言うし、一緒にいると楽しいよ」
まだ小さな火種が小さくパチパチと鳴っていて、源来君の視線は動かない。でも私の事を話している横顔は、楽しそうに微笑んでいる。
私は嬉しくて、ドキドキうるさい鼓動が感覚を狂わせて、10㎝くらい宙に浮いてるんじゃないかって思えるくらいフワフワしてきた。まるで夢の中に居るような感覚で、源来君の横顔から目が離せない。
「あ~、終わった」
源来君の線香花火が消えて、源来君の視線が私を捉えたら、急に現実に引き戻されたように、大きく心臓が波打った。
「俺の勝ち。俺の質問にちゃんと答えてよ」
さっきまで笑顔だったのに、急に真顔になるから、時間が止まる。
「俺の事、どう思ってるの?」
ちゃんと答なきゃいけないって思うけど、でも…。
「どうって、別にっ…」
今まで、ずっと恋も視線も誤魔化してきたから、その質問も誤魔化すつもりで立ち上がったけど、そこからどうすればいいのか分からない。
「そっか。でも、まぁ。俺の気持ちはこれだから」
源来君も立ち上がると、大きな手で私の手を繋いだ。
驚いて源来君を見上げると、真っ直ぐ私を見る源来くんの視線とぶつかる。
しっかり繋がれた源来君の手は熱くて、私の体中に鳴り響いているドキドキが、掌を通して伝わっちゃうんじゃないかって思うくらいもっとドキドキして。手を離したいんだけど、離せなくて。目を逸らしたいんだけど、逸らせなくて。
時間が止まったみたいに、動けなくなった。
止まった思考から、土砂降りの雨の中の会話が蘇る。
『俺は、目を見ながら、手を繋ぐ』
これって、源来君が「好き」を伝える方法。だよね?
今まで聞いたことが無いくらい、早く大きな鼓動が体中に鳴り響いて、繋いだ手が痺れてくる。
「俺、青山の事、好きになった。青山は?」
聞こえた言葉が信じられなくて、私は視線を泳がせると、繋いだ手をじっと見た。
そして、ギュッと。
ドキドキを伝えるように、ギュッと。
「好きです」の言葉を込めて、手を握った。
「ほんと、可愛くて面白いな、青山は」
源来君は俯いている私の頭を、ポンポンと優しく叩いて呟いた。
片思いで充分なんて、嘘。
本当は、私を好きになって欲しかった。
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