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 「あっ、ゆず君、オハヨー」  「おはよー」  「ゆず君、お早う」  「おはよー」  「おはよう、ゆず君」  廊下ですれ違うほとんどの女子に挨拶をされて、笑顔で返すイケメン。  「オイオイ、女子には『ゆず君』しか見えてないのかよ。俺もいるし、源来(もとき)もいるし、ウッチーもいるよぉ」  「もー、うるさいなぁ。ちゃんと見えてるよ。しかも(つかさ)はデカいから嫌でも視界に入って来るし」  「だったら、一番に俺に挨拶しろよ」  「してるわよ。ゆず君=(+ゆず君の友達)でしょ」  「何だよそれ!でも、それでもいいや。ゆず君の友達で良かった」  「司。毎日、毎日、朝から騒ぐな。お前、デカいから廊下塞いでるんだよ。邪魔だから早く教室入れ」  「わぁ、ホントだ!じゃ、またねぇ~」  源来君の言葉で、廊下を塞いでいた男子4人のグループと、数名の女子は笑顔で手を振りながらそれぞれの教室に入って行った。  ほぼ毎朝、似たような光景が廊下や下駄箱、階段の踊り場、たまには教室で繰り広げられている。  いつもその中心にいるのは、仲の良い男子4人。同級生では一番目立つグループだ。  ゆず君こと、糸井夕弦(いといゆずる)君は、学年一のイケメンで笑顔が素敵な人気者。いつでも輪の中心にいて、女子も男子も寄って来る。  司こと、河合司(かわいつかさ)君は、バレー部のエースで180cmを超す高身長の明るく元気なムードメーカー。周りを笑顔にする天才だ。  ウッチーこと、内埜新良大(うちのあらた)君は、落ち着いた空気を持ち、いつもニコニコしている学年一の天才。でもその素顔は、定期的に起こる学校内のローカルブームを作り出し、学校全体を操っていると噂されている、フィクサー的な存在?  そして、源来こと、吉住源来(よしずみもとき)君は、小顔で痩身の真っ黒に日焼けしたテニス部の副部長。あっ、元か。春の大会で引退したから、今は時々後輩の指導に顔を出している程度。4人の中で一番運動神経が良くて、体育祭や球技大会では誰よりも注目を集める。一見クールそうに見えるけど、司君のギャグに大きな口を開けて笑ったり、ウッチーとニヤニヤしながら話し込んだり、取り囲まれた輪の中心から抜け出せないゆず君に、さりげなく声を掛けて脱出させたりと、頼りになるお兄さんみたいな存在だ。  源来君とゆず君は幼稚園からの幼馴染みで、ウッチーと司君は高校に入ってからの友達。クラスはバラバラなのに、4人は一緒にいる事が多くて、ゆず君をはじめ、みんなそれなりに整った容姿をしているから自然と目立つグループになった。  私は、笑顔で教室に入って行く源来君の姿を目で追いながら、ゆっくりと同じ教室に入る。  クラスメイト達に「おはよう」と挨拶しながら、窓側から2列目の後ろから2番目の席に着き、斜め前に座る紺色のベストの背中を見ながら、心の中で「おはよう、源来君」と挨拶する。リュックから筆箱や教科書を取り出している背中は、今日も椅子の背もたれにベッタリと付いていてちょっと気だるげだ。白いシャツの袖をまくり上げて出している腕は、夏はまだなのにもう真っ黒で、細い身体の割に筋張った逞しい腕で、リュックを机の横に掛けた。  「源来」  後ろの席の前田君に背中をつつかれて、後ろを向いた時、一瞬だけ目が合ったような気がした。嫌、合ったけど、いつもみたいに私がすぐに逸らしてしまったんだ。  英語の課題の事を前田君と話している内容は、しっかり耳に届くけど、私は自分の鞄から筆箱や教科書を出すのに集中しているふりをする。  「青山」  源来君に名前を呼ばれて、ビクッと肩を跳ね上げた。反射的に視線も上げたけど、源来君の視線とぶつかると、また机に戻してしまった。  「青山、英語得意だよな」  「あっ、うん。まぁ」  視線はギリギリ上を向けたけど、源来君の顔は見られなくて、一緒に話していた前田君の方を見る。すると前田君が源来君に代って話す。  「俺ら全然分かんなかったんだ、だからお願い。今日の分だけでいいから見せて下さい」  二人が手を合わせて、拝むように私に頭を下げる。  源来君が下げた頭のつむじは、日に焼けて黒かった。  真っすぐ顔を見なければ、こんなにもしっかり観察しちゃうのに。  私は、今知った源来君の日に焼けたつむじが何だか可愛くて、一瞬笑みをこぼしかけたけど、グッと噛み殺し感情を押えて、青山祐希(あおやまゆうき)と名前が書かれた英語のノートを差し出した。  「一応やってあるけど、自信は無いから」  二人は私の言葉で顔を上げたけど、ノートを受け取ったのは、前田君。  そりゃそうだ。私が差し出したのは、前田君の方だから。  「ありがとう」  二人は、奪い合うようにノートを広げると、仲良く自分のノートに写し始めた。  平静は装えたのかな?  顔は赤く無いかな?  このうるさい「ドキドキ」は聞こえて無いかな?  名前を呼ばれたのに目を逸らすなんて、感じ悪かったよね?  せめて、ノートだけでも源来君に差し出せなかったの?  何で、笑顔で「どうぞ」って言えないの?  好きになってもらえるとは思わないけど、嫌われたくは無いんだよ。  ただ、密かに恋をしていたいだけなのに。  ドキドキが私の邪魔をする。
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