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柔らかな日差しが届き、空がのどかに晴れている季節になると必ず思い出す人がいる。
それはもうずっと昔、俺が小学校へ入学する少し前の出来事だった。
両親に連れられて行った大きな公園で出会った一人の男の子。
彼の名前は、柚月ゆずき。
両親がレジャーシートに座りながらこちら向かって手を振っている姿を確認すると、俺は背を向けてたくさんの木が並んでいる方へと走り出す。
しばらく進むと、目の前には大きくて立派な木が現れた。
その木をじっと見上げる。
「ねえ……」
ふわりとした風に乗って聞こえてきた声に顔を向けると、木の影からひょっこりと顔を覗かせている男の子。
突然の出来事に、心臓が高鳴った。
「ねえってば!」
ビックリして身動きが取れない俺に、男の子が自分の存在を訴えるかのように少し声を大きくした。
「こんにちは」
「良かった。聞こえてないのかと思った」
「ちょっとビックリしたから」
「そっか。僕は柚月。君の名前は?」
「俺は、泰雅たいが」
「泰雅……いい名前だね」
「そうかな? ありがとう」
柔らかな表情で笑う柚月と名乗った男の子は、一瞬で俺の中に入り込んできて、出会ったばかりなのに、気がつくと二人で木の間を走り回って花を見たり、虫を捕まえたりして遊んでいた。
楽しい時間はあっという間に終わる。
「泰雅、帰るわよ」
お母さんの呼ぶ声が聞こえて、それまで笑顔だった柚月の顔が曇ったのを感じた。
「俺、行かなきゃ」
「そうだね。今日は楽しかった」
「うん、俺も。また会える?」
「それはわからない。でも、いつかきっと会えるといいね」
「うん。じゃあまた……」
どちらからともなく両手を伸ばすと、お互いに握り合っていた。
そしてまだ小さくて柔らかい感触を忘れないように、何度もギュッと力を入れる。
「またね」
握っていた手を離し、俺は背を向けて駆け出した。
これが柚月との出会い。
あれからもう12年……
何度か公園を訪れたけど、柚月に会えたことは一度もない。
高校を卒業して、もうすぐ新しい生活が始まる。
春を感じる麗らかな空を見上げて、俺はあの木の前までやって来た。
あの頃は、大きくて思いっきり見上げていたのに、いつの間にか太い枝に手が届くほどに身長が伸びている。
またいつか会えたらいいね、そう言った柚月の顔が何となくチラつくと同時に、強くて暖かい風が木々の間を吹き抜けていく。
「うわっ」
思わず身体ごと持っていかれそうになるのを踏ん張ってその場に留まる。
ーカサッー
背中で葉っぱの擦れ合う音が鳴り、ゆっくりと振り返った。
「やっと会えたね」
「久しぶり」
あの頃の面影を残したままの笑顔で立っていたのは、柚月だった。
春の空に照らされた光が、まるで二人を包み込むように柔らかな空気が流れてきた。
執筆時間…3月28日、2:15~3:20
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