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僕は土居を助けようと思ったわけではないのだ。だから、こうやって彼女に押し倒されるのにも納得がいっていない。
けれど僕の言葉が彼女に届くことはない。携帯は彼女にタックルされた衝撃で床に落ちてしまった。
こうなれば、僕はまな板の上の鯉でしかない。
「ごめん……もう少し、このままで」
彼女はしばらく動く気はないようだった。そうして思い出すのは、ずっと平行線だった僕と彼女とを交わらせた日の事だ。
それはいつだったか。結構前になってしまうのだけど、自分の家の畑の様子を見ていた僕は、森の方へと走って行く人影を見た。その時はもう日が暮れていたから誰かは分からなかったけど、こんな時間に灯りも持たずに森の中に入るのは自殺行為に近い。
自然と僕の足は人影を追った。そこで、土居を見つけたのだ。
「あ……」と泣き顔を見られた彼女は小さく声を出して、僕はそれに圧倒された。
土居がクラスの中で無視され続けているのは知っていたけれど、それがここまで彼女を弱らせているとは思っていなかったのである。
もちろん何か他の要因があって泣いていた可能性はあるものの、慌てていた僕の視野はもの凄く狭まっていて、ただあたふたするしか出来なかった。
彼女は僕が無様なダンスを踊っている間に走って村へと帰って行ったが、その瞬間、確かに僕の中で何かが動いたのである。
だから僕は水川の靴を隠した。何かが変わることを祈って。結果としては何も変わらなかったけれど、今こうして土居が泣いてくれているということが全てだと思うのだ。
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