一章

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 午前の授業はつつがなく終わり、お昼休みになった。  人数も少ないので、誰がどう過ごしているのかはほとんど決まっている。  水川や僕以外の男子はたいていグラウンドで遊んでいるし、女子は教室の中で話していることが多い。  だからだろう。教室に滝本と土居の姿がないのにすぐに気が付いた。  僕に何が出来るのか。それは分からないけれど、トイレに行くように自然と席を立って、彼女たちを探すために教室を出た。  見つかってほしいのはもちろんなのだが、見つけたくはないような気もしていたのだ。  空き教室なんていくらでもあるし、ちょっと歩けば山の中だ。  木製の校舎に設けられた大きな窓に視線を向けつつ歩いて行く。  蛍光灯ではなく太陽の光だけが優しく照らす廊下は、僕の心を育むように感じられた。  あっ、とふと覗いた窓から滝本の姿を見つけられたのは奇跡だった。  何やら言い合っているようであるが、喧嘩というような状況ではなさそうだった。  滝本の眉間に皺が寄っているのを見るに、彼女の気分は最悪だ。  土居はちょうど僕に背中を見せるように立っているから表情は分からないものの、所在なさげに組まれた手を見れば大体を察することが出来た。  腕を伸ばして錆びついた鍵を無理やり外し、開け放たれた窓は、それはもう盛大に軋んだ。  本当は滝本にだけ僕の姿を見せて穏便に済ませてほしかったのだけど、土居にも気づかれたようだった。それなりに音がしたから当たり前ではあるものの、誤算は誤算だ。  僕は三階に居て、彼女たちは外に居る。この微妙な距離感を埋めるものを、僕は持ち合わせていなかった。  優雅に手でも振ってみればまた違うのだろうが、僕にはそんな勇気はない。溢れ出る感情に身を任せる事しか出来ない僕は、ただ彼女たちを見下ろすことしかできなかった。  あ、居たんだ。なんて空気感を出せたかも分からない。まるで時間が止まったかのように、僕と滝本の視線が重なった。 「野根、何見てんのー!」  滝本の言葉に、僕は何も返すことができない。  ちょうどよく空を飛んでいたトンビを指差したものの、この言い訳が厳しいのは僕自身分かっていた。  けれど滝本はそれに満足したようで、土居を置いて校舎へと歩いて行った。  こんなことしか出来ない僕を土居はどう思うのだろうか。  答えを確かめる前に、力任せに窓を閉めた。
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