一章

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 窓はやはり大きな音を立てて閉まった。古い建物であるし仕方ないのだろうが、こうやって風化していくのを目の当たりにすると、物悲しさを覚えずにはいられなかった。  昼休みは始まったばかりだ。これから教室に戻るのも億劫に思ったものの、教室以外に自分の居場所があるとも思えない。  居場所と言うよりかは、居ることに対して何も言われない、というのが正しいのかもしれないけれど。  だが、考え始めると駄目になってしまうのを自分自身分かっているため、居場所だなんて安易に使っているのだ。  その点で言えば、土居の居場所は不安定なのだと思う。  僕と何が違うのかと言われれば答えは出せないけれど、きっと僕は哀れまれているから、どうにかなっているのだろう。  どうにかなっている、で片付けていいのかは分からない。ただ、楽なのは確かだ。  ぎしぎしと音を立てる階段をゆっくりと降りて教室に戻っていると、その途中で滝本と鉢合わせた。  彼女とは家が離れているのもあって、あまり仲がいいというわけではない。でも、水川と一緒に居るのをよく見るから、水川のことが好きなのだろうとは思う。 「さっきはよくも邪魔したな〜」  軽い調子で僕のお腹に握った拳をぶつける彼女はじゃれているように見えた。  少なくとも、本気で怒っているわけではない。  滝本はきっと、水川の靴が消えたのを土居の仕業だと思ったのかもしれない。水川を知っていれば知っているほどに土居が犯人ではないと分かるのだが、恋は盲目とでも言うのだろう。  水川の家が飼っている柴犬は、親族以外によく吠える。土居が彼の家に忍び込もうものなら、盛大に吠えられることは間違いない。  僕は両手を合わせて犬を作ってみせ、犬が滝本へと吠えるように口に当たる部分の指を動かした。 「なにそれ、犬?あーあー、水川が飼ってるワン公ね。そっかぁ……あの子、よく吠えるもんね。水川じゃないなら誰だろ、まさか本当に野良猫が……」  彼女の顎に手を当てる仕草は探偵にも見えた。馬鹿らしいけれど、様になっていたと思う。  だけどそれは探偵としてではなく、一人の恋する女の子として在った。 「そっか、もう少し考えてみるよ」  そう言って去って行く彼女に見惚れていたわけではないものの、何故か視線を外すことができなかった。  滝本が教室に入り、「入らないの?」と声をかけてくれてから、僕も後に続いた。  好きだとか恋愛感情を抱いているからではなく、彼女のこういった一面が好ましいものだと思ったのかもしれない。  人は完全に善悪で分けることはできない。  好ましいはずの彼女だって、滝本の虐めに加担しているのだから。  僕たちは小さなグループの中で生活をしている。排他的な行動を取ってしまうのも仕方のないことだ。  土居に対して行なっていることが虐めに当たるのかも、本当のところは分からない。言葉にできない。  何か気にくわないな、とそういう軽い気持ちなのかもしれない。  自分の気持ちに名前をつけることは難しい。  けれど、僕は自戒も込めて「虐め」と呼ぶことにしている。  遅れて教室に戻ってきた土居の横顔が泣きそうであるにも関わらず、僕は見て見ぬふりをした。
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