三章

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三章

 なんでいるんだ。僕はそう言いたかった。  土居と僕とでは家の方向が真逆だ。わざわざ僕の家に来る理由なんて一つしかないものの、それを認めたくはなかった。どうしても会話の内容が限られるのもあるし、僕自身、話したくないから。 「ねぇ、本当に話せないの?」  僕の様子なんて分かっている筈なのに、彼女はお構いなしだ。嫌な予感がしていた。  呼吸が浅くなるような感覚があり、何かが自らの琴線に触れようとしているのを感じていたのだ。 「ちょっと話そうよ」  そう言って彼女が突き出してくるのは、一冊の真新しいノートだ。  筆談しよう。そういうつもりなのだろうか。僕はそれどころではないから急いで家の中に入ろうとするものの、土居が腕を取ったことで阻止されてしまう。  僕の全身に一気に広がる鳥肌と冷や汗を彼女も分かったのだろう。  気持ち悪かったのか、はたまたそれ以外の感情か。彼女は僕を捕まえていた手を放して、ふらふらと数歩後ずさった。 「……ごめん」  土居の小さい声に、僕は何をすればいいのだろう。  分からない。何をすればいいんだ。どうすればいいんだ。  歪んだ頭の中で、妙にくっきりとした文字列が広がっては消えていく。  ああ気持ち悪い。頭が揺れる。耳にはこの場に居ない人の声が聞こえてくる。寒い。  千鳥足で進む僕は、彼女を避けて家へと入って水をひたすらに喉へと流し込んだ。  気持ち悪い気持ち共々、全てを呑み込んでしまえ。言葉を発することが出来ない僕には、それしかできないんだから。
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