三章

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 結局、土居は僕の部屋に上がり込んだ。もちろん彼女が自分で上がってきたのではなく、義姉さんが招いたのだ。  制服を脱ぐこともなく布団に包まる僕を見た義姉さんは、僕たちの間に何かがあったのを察しただろうに、ここでは僕を突き放した。  いいや、背中を押そうとした。と言う方が正しいのかもしれない。僕には預かりしないものではあるけれど、義姉さんがそういった人であるのは知っていた。  布団越しに僕の頭を撫でて、義姉さんは言った。 「適当に蹴れば起きると思うから」 「いえ、それは……」 「家の前でずっと立ってるよりはマシでしょ?なんなら、ヤっちゃっても黙っててあげるよ?さ、一緒の布団に入るか蹴り起こすか選んで」  土居は終始困っていた。そりゃそうだ。僕も義姉さんがこんな冗談を言うとは思ってもいなかった。  やがて義姉さんが部屋から出て行ったのだろう音がして、土居が部屋の中を歩く音だけが聞こえてくる。 「ごめんね」彼女の声は届いている。  だけど、それは僕が言うべき言葉ではないのか。誰も、答えを教えてはくれない。  僕が何も言わないものだから、彼女は困ったのだろう。おそらくは右往左往して、そして、僕の携帯を見つけた。 「野根くんも携帯持ってたんだ……。さっきはごめん、私、あなたのこと何も知らないから…………、喋れないのも何か理由があるんだよね。私と、話してほしいの」  彼女の驚きの理由も分かる。同級生たち、水川や滝本なんかは携帯を持っていないから、携帯を持っているだけでびっくりできるのだ。そして都会から転校してきた彼女もまた、携帯を持っている。そういう話を聞いたことがある。  転校生は携帯を持っているのだ、と。 「メールアドレス教えてよ。お話しできるアプリが入ってるなら、それでもいいし」  僕は布団から顔だけを出して、携帯を取るために立ち上がった。 「布団からは出ないんだね」という彼女の苦笑いは、努めて無視することにした。
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