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プロローグ
緑の座席に背中を預けて、僕は重たいカバンを胸に抱く。明日からはまた学校だ。憂鬱とまでは行かないけれど、あまり気分はのらない。
彼女もいなければ、友達もいない。学生が概ね得られるだろうナニカが、僕とは遠い場所にあるのを知っているからだ。
ブーっ、と通知を知らせる携帯に目を落とすと同時に、汽車がトンネルに入った。義姉からだ。
僕は『もうすぐで着くよ』と返して、携帯から目を離した。
トンネルを抜ければ、流れていく景色はガラッと変わる。その瞬間を眺めるためだけに義姉に簡素なメッセージを返したことを内心で謝りつつ、ゆっくりと深呼吸を行う。
重たく痛む心は、僕に何を求めるのか。その答えをふとした瞬間に探すのだ。
四月も後半に入ろうかと言うこの頃、田んぼには稲が整然と並び、トンネルを抜けた僕を迎えてくれる。陽射しはうるさいぐらいに強くて、空には雲ひとつ無い。
あと二駅で家からの最寄りになる。そこからバスに乗るのだ。
『はいはい、あと一時間ぐらいね』という義姉の連絡を横目に、僕はずっと景色を眺めていた。
誰かが窓を開けたのだろう。心地よく入ってくる風に目を細める。ここではいつも、ゆっくりとした時間が流れていた。
『そういや、水川くんの靴が消えたって騒いでんだけど、ミツキ知らないよね?』
僕の指はそっと携帯の文字盤を触る。
『ごめん、わかんないや』
返事は素っ気のないものだ。そして、次の日まで既読のマークが着くことはなかった。
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