プロローグ

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

プロローグ

 緑の座席に背中を預けて、僕は重たいカバンを胸に抱く。明日からはまた学校だ。憂鬱とまでは行かないけれど、あまり気分はのらない。  彼女もいなければ、友達もいない。学生が概ね得られるだろうナニカが、僕とは遠い場所にあるのを知っているからだ。  ブーっ、と通知を知らせる携帯に目を落とすと同時に、汽車がトンネルに入った。義姉からだ。  僕は『もうすぐで着くよ』と返して、携帯から目を離した。  トンネルを抜ければ、流れていく景色はガラッと変わる。その瞬間を眺めるためだけに義姉に簡素なメッセージを返したことを内心で謝りつつ、ゆっくりと深呼吸を行う。  重たく痛む心は、僕に何を求めるのか。その答えをふとした瞬間に探すのだ。  四月も後半に入ろうかと言うこの頃、田んぼには稲が整然と並び、トンネルを抜けた僕を迎えてくれる。陽射しはうるさいぐらいに強くて、空には雲ひとつ無い。  あと二駅で家からの最寄りになる。そこからバスに乗るのだ。 『はいはい、あと一時間ぐらいね』という義姉の連絡を横目に、僕はずっと景色を眺めていた。  誰かが窓を開けたのだろう。心地よく入ってくる風に目を細める。ここではいつも、ゆっくりとした時間が流れていた。 『そういや、水川くんの靴が消えたって騒いでんだけど、ミツキ知らないよね?』  僕の指はそっと携帯の文字盤を触る。 『ごめん、わかんないや』  返事は素っ気のないものだ。そして、次の日まで既読のマークが着くことはなかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!