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不運なあなたへ
「運って努力じゃどうにもならない代物じゃないですか。あなたも自分の運のなさでこれまでさぞかし苦労されてきたのでしょうね」
「はあ」
サラリーマンにとっての貴重な土曜の午後に、何故俺はイモダ珈琲でブレンドコーヒーを啜りながら、初対面にしてやたらと饒舌な黒縁メガネの男の話を長々と聞いていなければならぬのだ。
事の発端は、高校時代からの友人である今井の余計すぎるお節介から始まった。
「吉村って本当昔から悉くツイてないよな。そこで、そんな不運なお前におすすめなサービスがあるから、紹介してやるよ」
それで紹介されたのが、「レンタルフォーチュン」という、いかにも胡散臭いレンタルサービスだった。今目の前に座って営業スマイルをかましている「黒沢さん」を半ば無理やり紹介されて、このパッと見は誠実そうな第一印象を受け、やっぱり詐欺かマルチの入り口だろうという疑惑は膨らむ一方だった。
今井の真の狙いが、友人紹介でもらえるレンタル代半額クーポン(三ヶ月分まで有効)だったことも、今更ながら腹立たしく思えてきた。
黒沢は、バッグから透明のラッピング袋で包装された黒い数珠みたいなブレスレットを取り出した。
「こちらが『幸運のブレスレット』です。レンタル期間は一ヶ月、お試しのため費用はいただきません。返却時はお手数ですが、こちらの返送用封筒でご返送ください」
終始不真面目に黒沢の説明を聞いていた吉村は、慌てて差し出されたブレスレットが何だったか思い出そうと頭に血を巡らせた。確か、これが今井からも聞いていた「マジで効く」ブレスレットなのだろう。今井はこれを一ヶ月身につけていた間に、人生で初めて競馬で勝ち、めちゃくちゃ可愛い彼女までできたそうだ。
「友達の紹介だから来ただけなんで。要らないです」
俺の不運も舐められたものだ、と吉村は見下すような視線で黒沢と目を合わせた。高校入学と同時にコツコツ貯めたお小遣いで購入した15万のロードバイクを盗まれ、大学時代旅行中留守にしていた間に隣人のボヤ騒ぎで吉村の部屋だけに飛び火し家財が消滅、滑り止めで内定をもらった会社では配属されて数ヶ月でOJT担当が飛んで右も左もわからぬままあらゆる業務を引き継ぐ羽目になり、数えるほどしかいない歴代の彼女は全てメンヘラだったなどなど、挙げればキリがない吉村の不運にまみれた人生が、こんな100均のアクセサリーみたいなもので一変してたまるものか。
思い返せば中学に入った時には吉村は周囲との差に気が付いていた。あれ、お菓子の当たりって存在するの?ビンゴってそんなに穴が空くものなの?それも何度も。
だが、黒沢は一歩も引かなかった。攻防はおよそ10分間は続いただろうか。結果としては、吉村は負けた。敗因は、この場をセッティングした元凶の名前を引き合いに出されたことだ。今井は友人紹介サービスを吉村の同意もなしに申し込み、黒沢としても契約上引くに引けない状況だという。同じ地獄みたいなノルマを持つ社会人として、同情も芽生えたのかもしれない。
レンタルフォーチュンを始めてから今井が変わった様子も無いし、無料なら、と吉村はブレスレットと契約書一式を受け取った。
「なるべく肌身離さず着けてください。その方が効果が上がりますから」
最後に言われた黒沢からのアドバイスを思い出し、吉村は半笑いでブレスレットを左腕にはめた。
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