3人が本棚に入れています
本棚に追加
1-10
-1-
「貴女が隣人を殺したというのは本当ですか」
「いいえ。私には殺す理由がありません」
「しかし被害者は、貴女に借金があったとか」
「ええ。ですから、庭でお茶を飲みながら返済について話す予定でした」
「そのお茶で彼は亡くなった」
「私はただ、彼のカップと私のカップをすり替えただけです――用心のために」
-2-
「栄養失調です」
医者が言う。
「心にも、栄養は必要なんですよ」
なにもかも億劫になり、ついには生きる気力もなくなった僕に。
「とりあえず今日は『多幸感』を処方しておきますね」
頭と体に電極がセットされる。
「感情も電気信号なので。徐々に脳を馴らして『リハビリ』していきましょうねー」
-3-
すずらんが咲き乱れる。無数の白い花が風にゆれる。
「この中に…?」
「はい」
親指姫よりも小さい、星屑姫の宿る花があると小鳥は言う。
「よく耳を澄ませて下さい」
さわさわという葉擦れの中に、ちりんちりんと微かな音が。
「人間だと、子供にしか聴こえないのです」
それで僕を頼ったのか。
-4-
卒業式。すすり泣く保護者たちを不思議な気持ちで眺めている。
子供は相変わらず可愛いが、困った所も多々あり、その日々はまだ続いてゆく。先を思うと泣く気分になんて到底なれない。
ずっとそう思っていた。
新学期、ランドセルを背負って下校する近所の子を見かけて、ふと寂しくなるまでは。
-5-
「先生は本当に猫がお好きですね」
自宅に何匹もの猫を飼う作家に、編集が言った。
「この子たち、みんな保護猫なんですか?」
「そうだよ。この猫の数だけ、物語がある」
「インスピレーションの元、という事ですね」
編集が帰った後、作家は漏らす。
「僕は君たちが語る話を文章にしてるだけなのにね」
『ねー』
-6-
先日入ってきた派遣さん。とても愛想がよく、くるくるとよく働く。
面倒な仕事も根気強くこなし、癖のある上司からの評価もいい。
「すごいね、頑張ってて」
休憩に入るタイミングで、声をかけてみた。
「いろんな職場に行きましたから」
彼女は言う。
「どの職場にも、もう二度と戻りたくないので」
-7-
「セミは何年も土の中で過ごして、最後のひと時だけ地上で歌う。君はその生き方をどう思う?」
また部長が妙なことを言い出した。
「地球における人類みたいなもんじゃないですか」
長い長い時の最期だけ、やたらと賑やかに騒いで儚く散る命。
きっと今も、私たちの夏が終わろうとしている。
-8-
昔の幽霊ってのは、構われたがりが多くてな。生者に気づかれたくて色々悪さもしたもんだ。
それが今や、画面を見てるやつばかり。ずっとゲームしてるヤツ、何かの視聴に夢中なヤツ、デマや中傷の書き込みに夢中なヤツ。生前と同じ行為をひたすら続けてる。
元から、現実なんて見てなかったんだろうなあ。
-9-
土砂降りの中、やっとのことで古い洋館に辿り着いた。
山の中の一軒家。どんな悲鳴も物音も、森に吸い込まれて他人の耳には届くまい。
「よく来たね。早速だが、始めよう」
友人が言った。
机の上にポテチとコーラが並び、ホラー映画大会が始まる。
「な、最高の場所だろ?」
「相変わらずだなお前」
-10-
「最近、家のアレクサが…誰も何も言ってないのに反応するんです。急にルンバが夜中に動きだしたり、勝手にスマホゲームが起動したり」
「最近どこか行きました?」
「山へキャンプに」
「たぶんその時、古い霊を連れて帰ってます」
「えっ」
「新しい物だらけなんで、はしゃいでますね」
「やめて」
最初のコメントを投稿しよう!