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「キャー!」
若い女の悲鳴が聞こえる。
「あそこなんかいた……?」
「仕込みだろ」
夏キャンプのお楽しみ、夜の肝試し。林に入る若者たちはアトラクション感覚だ。
『面白がられるのも癪だねえ』
大人しい霊は面倒がって闇に潜む。
この状況で出るのは性格悪いヤツだけだから、全力で逃げろよ生者。
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世界は折り紙でできている。
あのマンションをみてごらん。
あのビルも、あの山も。
折り目だらけだ。
山折り谷折り。
街を走るバスも、たくさんの人を乗せて走る列車も。
風が吹けば飛んでいくし火がつけばあっという間に燃え広がる。
けれどすぐに復旧する。
新しく作られるんだ。誰かの手で。
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「ねえ氏神、あの熱心な氏子さん」
「来たか」
「毎月、お賽銭箱にお札入れてくれるよ」
「それだけ必死なんだ」
「子供が合格しますように、旦那が首になりませんように、隣人の嫌がらせが止みますように、自分の癌が消えますように……」
「毎回杞憂なんだがなあ」
「全部叶った事になってるよ」
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「この部屋で深夜作業してると、背後に人の気配がするんです」
「霊道通ってますね。かなり滞留してます。主に年配男性が」
「なんで?」
「あなたの描くエロ絵が気に入ったと」
「やめて」
「あと先週のAV、先立たれた婆さんの若い頃にそっくりだったからもう一度流してくれとも」
「婆さんとこ逝けや」
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先生。私にだって、昔の記憶はあるんです。ごく平凡な、平均的な女子高生だった頃。皆となにも変わらない、って信じてた。なのにどうして……こんなことができてしまう今の自分に、不思議な気持ちになる時があるんです。
ご飯を三回もおかわりするなんて、昔は絶対にできなかった……
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赤ずきんは時折、おばあさんの元へ畑の手伝いに行っていた。
するといつも、途中から後ろをついてくる狼がいた。
赤ずきんは村の猟師に相談し、狼を待ち伏せて仕留めてもらった。
「なんてことを!」
おばあさんは嘆いた。
「あの狼は、畑を荒らす鹿や兎を狩ってくれてたんだ。うちの守り神を!」
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「誰が漏らした?」
それは重大な秘密だった。
「知らない」
「ぼくも。なんのこと?」
口を割るわけにはいかない。大切な妹のために。
「誰が、なんてどうでもいいわ」
厳しい声がした。
「早くそのおねしょ布団干しなさい!」
朝の忙しさが幸いした。妹の名誉は守られた。
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妾の子である私は正妻の子である姉の奴隷だった。幼い頃からいたぶられ、片腕や片足も失った。
「それではお嬢様のお役に立てないだろう」
義手や義足さえ、姉のため。私は最先端の技術を用いられ、やがてそれを活かした暗殺の仕事を仕込まれた。
いつか。姉をあんな人にした正妻の首を、この手で。
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雨粒が海面を叩く音がする。雨の夜は、人魚が海上に出られる数少ない機会。
大人達は人間を危険な生き物だというけれど、私はそれを飼い慣らしてみたいのだ。
たまに海に落ちた個体を拾うのだが、どれもすぐに死んでしまう。
ああ、こいつもエラを持っていない。
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世界の終わりを夢想する。絶望するのはきっと大人たち。
人生が豊かな者ほど、失うものの大きさに絶望する。
私はなんとも思わない。だってずっと縛られてきたもの。あたえられずにきたもの。今さら何も失わない。
……その思いが、一変した。
あなたを静かに看取りたい。終わらぬ平和な日々の中で。
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