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「僕は僕だからさ、どこに居ても」
「え、、!?」
霧の立ち込めた湖の片隅で、男は抱いていた女性をふっと乗っていたモーターボートから突き落とそうとし、女性の慌てた表情を見て軽く鼻で笑い、再び手を引いて座席に戻す。
周囲に人影もない、静まり返った明け方前の湖、湖面が揺れる。
キリッと引き締まった、それでいて笑顔を絶やさない男。
「物好きだね君も、こんな朝早く僕の所に来るなんて」
「だって、会いたくて、、」
「死んじゃうくらい?」
「壊れるくらいよ」
「良いんじゃない、面白いかも壊れるのって」
「ん、、ダメよ、誰が見てるか」
男は女性を強引に抱き寄せ、耳元に息を吹きかける。軽い刺激、長髪の女性の嫌がるのも気にせず、ずっと耳元でささやく。
「あ! 、、大丈夫なの奥さん? 気が付いてるでしょ私達の事?」
「気にしない気にしない、造花のような人さ、妻は」
「、、生きてないって事?」
「こういう事かな?」
「あ! 、、止めて、耳弱いの知ってて、もう!」
「息が合わない、って事かな。同じ薔薇ならレプリカより、風に揺れる方が好きさ僕は、君みたいにね」
「ねえ、、」
「なに?」
「ううん、何でもない」
「ふーん、お別れかい?」
切なそうな表情で男を見る女性の頬に、うっすらと雫が伝った跡が見える。
「どちらでも良いよ、僕なら。君が傷つかない方を選ぶのが一番大切だ」
「だって、、」
「言い訳と後悔は、しない。それが僕の生き方さ」
「ん、、」
男は女性の唇を強引に奪い、モーターボートが揺れる位の激しさで体を抱き締める。振動に身を任せる女性、徐々に体がから力が抜け、男のされるがままにされていく。
「ダメだよね、刺激って。一回慣れるとドンドンエスカレートして、歯止めが利かなくなる。次は、次はって、欲張りになる。君は偉いな全然欲しがらないで、僕は欲張りなんだろうね、生まれつき」
「と、止めないで!」
「なら離れれば?」
「バカ、、」
「ありがとう、感謝の気持ち」
女性は男の胸に顔を埋め、背中に手を回し強く抱き締める。
男は女性の回された腕の感触を楽しみながら、朝日の方を見る。時間だ、腕時計をかざすとボートのエンジンのスイッチを入れる。
クルリと体勢を入れ替え、モーターボートを運転し岸に着ける。
波しぶきが桟橋に当たり、揺らしていく。
「勿体ないな、良いところなのに、時間だとさ」と男は女性の手を引いて岸へと渡らせる。
ボートの上の男を見ながら女性は「最後かしら」と呟く。
その視線は遠く、ぼんやりと映る朝日に注がれる。
「終わりに出来るのかい、君は?」と男は問う。
「ズルい、人ね、私に言わせようとして」と女性は軽く笑って男に返す。
「僕が全てだ、全てを失っても怖くはない」
「そうなの?」
「ああ、怖いのは君だろ。君が僕との関係を暴露したら、君こそすべてを失う事になる」と男は女性を見返し笑う、不敵な笑顔で。
「バカにしてる、私の事」
「尊敬してるよ、君の事は。キャスターとして威圧感すら与える、僕の前では子猫みたいにお道化て怯えて」
「わ、私は、、!」
「君は僕を壊せない、僕は僕だ、どこまで行っても」と男は自信満々の面構えで女性を見る。
「朝日って、嫌い、私」
「何だい急に?」
「だって、、別れの時間を教えてくれるから」
「なら、夕日も嫌いって事だね?」
「え、、?!」
「おろ!」
男はボートから気岸辺の女性の元へと跳んで見せるが、距離を間違えて息が届く間近に迫ってしまい、女性は驚いて男を湖に突き飛ばしてしまう。
「こりゃあいい! 手間が省けた!」
「ご、ごめんなさい!」
「良いんだよ、ここは僕の城だ、この方が似合ってるよ僕には」
「分かったは、あなたの事壊してあげる、刺激的にね!」
「お、やるね!」
女性も男の近くに飛び込み、二人は水面ではしゃいでみせる。抱き合い、潜り、息が止まるまで激しく唇を奪い合い、そして水面へと浮かぶ。
男は女性を岸辺に上げ遠ざかって行くのを見届け、湖の中央へと泳いでいく。
「苦手なんでね、注目されるのは僕は」とポツリと呟く。
辺りは霧が立ち込め、男の作った影は大きく山の様にうねる、巨大な何かを隠す様に、やけに首の長さが目立つ。
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