最期まで

6/6
前へ
/64ページ
次へ
あの子との決別から健太は力強く生きた。 村を出ると、もう2度とあそこへは近づくことはなかった。 家族が許さなかったのだ、健太の身を案じての行為…… 健太は逆らわなかった、逆らわず……彼女と再会する日を夢見て1日1日を生きたのだ。 さっちゃんとの再会、それだけを生きる目標にして。 あの夏休みを経て、健太は成長した。 何事にも動じず、人間関係にも柔和になる。 虚しさも希望も絶望も切なさも愛情も恋も武器にして、混ぜ合わせて自分という人格を形成したのだ。 彼に言い寄る女は何人もいた、しかし彼は靡かなかった。 多感な学生時代も、ただ1人の女性に恋焦がれ、約束を守るために彼は一途だった。 もちろん死のうと思ったこともあった。 別れた直後の健太は、死さえも解毒剤だったから。 もう彼女と会えないという恐怖を鎮めてくれる薬…… だが彼は生きた、彼は約束を守る男だからだ。 指折り数えるように、体が大きくなるよう切に願う。 そして10年後……身も心も大人になった健太は大学の夏休みを利用してあの村を訪れることにする。 天から与えられた人生の中で、もちろん健太は他人も家族も愛した。 友人も出来たし、家族とも深い愛情で結ばれていた。 しかし……それでも健太は彼女を選んだ。 全てを投げ打っても、もう1度健太は彼女の笑顔を見たかった。 健太は家を出る前にバイトで溜めたお金と家族への感謝の想いを綴った手紙、そして万が一のために……前向きな内容の遺書を書く。 それを部屋の机の引き出しに仕舞い、独りで電車に乗った。 清々しい気持ち、最低限の荷物を持って目的地を目指す。 すでに枷は何もない、ただ会いにいけばいい。 祖父が住んでいる村に訪れ、健太は歩いた。 足取りは確かで迷いはない。 そして……思い出の山に到着する。 あの頃とは違い大きな歩幅で登っていく。 キョロキョロと見回してあの子を探した。 名前を呼んでみた、返事はない。 水分補給をして、汗をタオルで拭いていると横腹を突かれた。 健太は振り向く…… 振り向くと、あの頃と変わらない可愛らしい姿の彼女がにっこりと笑っていた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加