少年の夏

1/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ

少年の夏

郊外のベッドタウンから遠く離れたある田舎道を走る青い乗用車に乗る健太は、行儀よく後部座席に座りながら流れる風景を窓から覗いていた。 口を間抜けに開けたりはしない、指紋を車窓にべたべたと擦り付けたりはしない。 ただじっと座って、馴染みのない山々や田畑をなんの感慨もなく眺めている。 「ケンちゃん、大丈夫?」 「……何が?」 「疲れてない?」 「別に、疲れてないよ」 「そう……」 隣に座る母親が心配そうに健太に問うても、彼は素っ気なく言葉を返す。 今日は8月1日、暑い日差しと爽やかな風が調和する夏休みの1日である。 父親の会社が倒産し、暇になったので父親の実家に帰る途中…… 「もうすぐ着くぞ2人とも、ケン坊は覚えてるか?」 「ううん、覚えてない」 「まあほとんど赤ん坊の頃だったからな、俺も帰るのは久しぶりだ……何年たっても変わらねぇなここは!」 父はあっけらかんと豪快に笑った。 感傷に浸り、ひしひしと久方ぶりの故郷に想いを馳せることもない。 健太の父親はそういう人間だ。 現に職を無くしたというのに落ち込んでいる素振りを家族に見せていない。 「生きてりゃなんとかなる」、それが健太の父親の口癖だった。 「でもいいところじゃない、自然もたくさんあって……ケンちゃんをこういう場所に連れてきたかったのよ」 「ケン坊、わくわくするか?」 「別にしない」 「ははは!!そりゃそうだ!こんな辺鄙な田舎に子供連れてきて満足するのは親だけだからな!!自然なんて大していいもんじゃない!」 「浩ちゃん!」 父親の無神経な言葉と笑い声に母親は眉に皺を作った。 父親はハンドルを握りながら口笛を吹き、おどけるようにバックミラーにウインクを映した。 母親は艶やかな黒髪を撫でて、鼻から小さく息を吐く。 「ケン坊も帰りたくなったら言っていいぞ、嫌だって自分の口で言えるのは大切だからな」 「別に……嫌じゃないよ、楽しいかもしれないし」 「へへへ、いっとくけど牛とか馬はいないぞ?そこまで気の利いた田舎じゃない」 「でも猪はいるかもしれない」 「そんなもん見てどうすんだ?」 「どうする?……別にどうもしないけど、初めて猪を見たっていう経験は積める」
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!