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「おじいちゃん」
「なんだ?」
「肥溜めはないの?」
「なに?」
突然の奇妙な質問に祖父は狼狽した。
母親も目を点にしている。
「だから肥溜めだよ」
「……そんなものはないよ、あったのはじいちゃんが子供の頃の話だ」
「そうなの……見たかったな」
「どうして肥溜めなんてみたいんだ?」
「だって見てみたいでしょ?」
「どうして?」
「どうして?……見てみたいから」
「そうか……」
「ケンちゃん、変なこと言わないの」
「……?何が変なの?」
健太は真面目ぶった顔で言っている。
母と祖父は目を合わせて、そしてもう1度健太を見る。
異様な空気が出来上がったが、それを打ち壊すように農耕車の走行音が聞こえてきた。
ゆっくりなスピードでこちらに近づいてくる。
「よーイチさん、朝から散歩かぁ?」
農耕車に乗っている50代くらいの男性は、タオルでこめかみの汗を拭きながら身を乗り出す。
祖父はニヒルな表情を浮かべ、さっさとどこかに行けと手を振って指示した。
「今孫たちが来てるんだよ、あっちへ行け」
「へへ、そりゃよかったじゃないの!」
「おはようございます」
健太は一切心乱すことなく丁寧に挨拶する。
それに続いて母親も挨拶した。
「おはようぼくちゃん!挨拶できて偉いな!……じゃあ浩二の息子か?」
「ああ」
「へぇ、なら将来モテるぜ!」
何の根拠もないおじさんの言葉に、健太は会釈をして返す。
農耕車の排気ガスが漂ってきたので、母親は険しい顔をする。
「そうだイチさん、明日の会合なくなったよ」
「あ?どうして?」
「松村んとこの倅が背中ケガしてな、延期になったんだよ」
「そうか、大丈夫なのか?」
「ああ、大したことはないらしい」
「わかった、じゃあさっさと働きに行け」
「へへへ、そうするよ……じゃあなぼくちゃん」
「健太です、橋爪健太」
「おらぁ桃田かずきだ、じゃあな健太」
農耕車はどんどん離れていく。
あのおじさんは今から畑仕事に勤しむのだろう。
3人は何も言わず、朝の散歩を再開する。
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