おじいちゃんの家

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15分ほど歩くと、さすがに健太も汗ばんできた。 短パンのポケットからハンカチを取り出して額を拭く。 その様子を目敏く見ていた母は、すぐさま水筒を取り出してお茶を健太に飲ませる。 「着いたぞ」 祖父が連れてきたかった場所に到着した。 そこは一面鮮やかな黄色の花……つまりひまわりが群生している場所だった。 数多のひまわりが咲きほこり、幻想的な場面を演出している。 非日常に手を取られたような感覚に陥り、健太の胸も高鳴った。 「わぁ、綺麗……」 感嘆の声を漏らした母はひまわり畑に近づいて、その1輪を指で撫でた。 鼻心地のよい香りが広がり、思わず笑みになってしまう。 「ケンちゃん綺麗だね!」 「うん、綺麗だ……」 見惚れてしまっている健太は、目の前に広がる青い空と黄色の花畑をじっと見つめる。 今後記憶から零れ落ちないように、鮮明に目に焼きつけたかったのだ。 「……ひまわり好きか?」 「……わからない、でもたくさん咲いてるのは綺麗だ」 「だな……」 爽やかな夏風を浴びながら、3人はずっとひまわり畑を眺めていた。 晴天に向かってしゃんと伸びるひまわりは、一種の気高さがあった。 健太は自分を卑下していない、しかしこの立ち姿には憧れが生まれる。 人間、いつまで経っても美しくありたいものだ。 容姿が、という意味ではなく精神が美しくありたいのだ。 誰だって自分自身を嫌いたくなどない、気高いものに気高く進んでいく姿さえあれば人は美しくあれる。 それがどんなにゆっくりでも…… 「健太、大人になったら何になりたいんだ?」 「自分が何になるかなんてわからないよ」 「何になるかじゃない、じいちゃんは何になりたいか聞いてるんだよ」 「……分からないよ、考えてみても分からない」 「そうか……」 落ち込んだ表情を見せた息子に母親は気づく。 何か声をかけてやりたいが、何を言えばいいのか分からない。 自分たちが思っている以上に聡明な健太に、下手な慰めや誤魔化しなど通じないことを知っているから。 「そうだ健太、この村にもお前に歳の近い子供がいるんだよ、一緒に遊んでみないか」 「それはいいですね、ケンちゃん仲間に入れてもらおうよ」 「ううん、いい」 「どうしてだ?」 「遊んでも楽しくないから……いい」 「遊んでないのになんでわかる?」 健太は答えなかった。 はきはきと答える大人びた少年が見せた子供の仕草。 下を向き、ただ相手の説教が終わるのを待つ子供だった。 祖父には責める気持ちなどない、ただこのままではいけないということは分かっている。 それは長い時間健太と共に生きてきた母親も同様である。 「健太……一度遊んでみよう、楽しいかもしれないだろ?」 「そうね……お母さんもそのほうがいいと思う」 まだ健太は下を向いている。 彼は人付き合いが得意ではない。 他人と行動しても、自分が得るものなどないことは分かっている。 傲慢な考えからではない、自分が相手を傷つけてしまうことを知っているからだ。 優秀すぎる子供というのは、同世代の輪の中に溶け込むことが難しい。 それに彼は陽気な人間ではない、相手の調子に合わせることなど出来ない。 健太は誰かを傷つけたくなんかなかったし、自分が傷つくのも嫌だった。 「……遊ばない」 「ケンちゃん……」
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