さっちゃん

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もう少しだけ健太は登ってみることにした。 形のない魅力が健太に憑りつき始める。 あの蠱惑的な音色だけを頼りに、健太は進む。 もう1度、チリンチリンと音が鳴った。 人の手が入った山道を外れて、濡れた草木に体をぶつけながら健太は進んだ。 「ふぅ……」 不思議の国に迷い込んだように、健太の足どりは迷いがなく軽い。 白い足が汚れて黒ずんでいく。 そして立ち止まった……霧雨が晴れていく。 「……疲れてきたな……ここまで来たけど遭難したら大変だし、やっぱり帰ろうかな」 ふと健太は下を見た、言い知れぬ敵意を感じて。 何気なしに見た地面では、1匹の胴の長い蛇がこちらを睨み上げている。 健太の体は固まった、祖父が言っていた言葉を思い出す。 「毒蛇……」 思わず漏らした言葉が伝わったのか、蛇は舌をちょろちょろと出し始めた。 「蛇に睨まれた蛙」という言葉があるが、別に蛙でなくとも蛇に睨まれれば身動きはとれなくなる。 小学4年生の男の子となればなおさらだ。 本当に毒蛇かは分からない、しかし毒蛇かもしれない。 逡巡の中で、健太は悪い妄想を膨らませる。 もしこの蛇が襲いかかってきたら、健太にはどうすることもできない。 蛇の瞬発力とスピードは知っている、以前動物番組で見たからだ。 とりあえずこの場を離れようと健太は勇気を出して後ずさった。 目を逸らしたくなる気持ちを抑えて、しっかりとその細長い目を見据えながら。 しかし世界は残酷なことを示すように、健太が下がると蛇は前進してきた。 彼は少し泣きそうになっている。 「なんで距離を詰めてくるんだ?」   パニック状態で後ろに下がったので、健太は石に躓き転んでしまった。 湿った土が臀部を濡らす。 立ち上がろうとしても足がもつれて立てない。 蛇は近づいてくる、ゆっくりと確実に。 「あ、あっちに行け」 健太は石を投げようとしたが手頃なものが見つからないので地面を掘って土を手にした。 それを投げてみるも、蛇には当たらない。 「うっ……」 現実と危険を認識した時にはもう遅い、蛇は彼の投げ出した足に近づいている。 あの不気味に長い胴を巻き付け、小さな口で噛みつかれるまで後何秒もないだろう。 「お母さん……お父さん……」   今際の言葉は両親だった。 頭が真っ白になり、健太は何も考えられなくなった。
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