少年の夏

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いつも通りの仏頂面で、健太は真面目に言い放った。 父親は陽気に笑って、「変なこと考えるやつだ」と剽軽に問答を流す。 「ダメよケンちゃん!猪なんて!出会って襲われたらどうするの!?」 「君はちょっと過保護すぎるぜ?猪なんて人間みたら逃げていくもんだよたぶん、それにせっかくここまで来たんだから少しは自然に触れ合わせないとな」 「怪我したらどうするのよ!」 「子供の頃はちょっとくらい怪我するさ普通のことだよ、この前散歩してたときもそうだ、ただの犬が近づいてきただけで大騒ぎしてたろ?」 「ただの犬!?あれは土佐犬だったわ!闘犬よ!闘う犬なのよ!警戒するに決まってるじゃない!ケンちゃんに何かあったら……」 ややヒステリックに喚いた母親に、父親は謝罪した。 母親は俯いて暗い顔をしている。 健太は彼女の手を握り、汗ばんだ手のひらを包んだ。 10歳の少年の気遣いによって、母親はちょっぴり元気を取り戻す。 その様子をバックミラー越しに見ていた父は、呆れた顔をしてハンドルを切った。 15分ほど車を走らせると、屋敷とも言えるほど大きな一軒家に到着する。 駐車場なんて気の利いたものはないので、車は適当に空いている場所に止まった。 「さあ着いたぞ」 健太は車のドアを開けて地面に足をつけた。 蝉がミンミンと鳴いている、草木の匂いが風に乗って運ばれて彼の肺に吸い込まれる。 キョロキョロと健太はあたりを見回した。 家も広いが土地も広いようだ。 ほかの家は目視できない、田舎で人が少ないのもあるだろうが健太が住んでいる地域では考えられなかった。 広壮たる敷地には母屋のほかに物置や離れ、車庫もある。 軽トラが3台に農耕車が2台、それに軽自動車1台と乗用車が1台あった。 肉声や騒がしい騒音もない。 聞こえるのは虫と鳥の声だけだ。 あまり感情を表に出さない健太も、未知ともいえる環境に訪れたことでちょっとだけ期待を募らせて口角を緩める。
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