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健太は人付き合いは苦手だが、義理堅かった。
丁寧に礼節を教え込んできた両親の教育によるものだ。
彼にはこのまま帰るという選択肢はない。
さっちゃんは健太の取り扱い方法が分からず、ただ睨みつけながら突っ立ってるだけだ。
健太はちょっとだけ頭の中で考えて、恩返しの方法を見つけた。
大きく息を吸って、腹から声を出して歌う。
「マイダーリン!ウクレレ持ってどこ行くんだい?君はここにいておくれ~、次の冬を越す間!俺は君を愛すだろぉ~」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!何急に?なんで歌ってるの?」
「感謝の気持ちだよ……春がくれば繋がりもなく、赤の他人に逆戻り~、でもそれでいいのさ!それが俺たちさ!恋心なんて俺たちにゃ枷になるだけ~、俺たちは分かってるぅ!俺たちだけが分かってるぅ!」
「歌うな!!」
ぴしゃりと健太のアカペラを止めたさっちゃんは、柔らかいほっぺを両手でつねった。
出来立ての餅のように伸びる健太の頬は、痛みで赤味を帯びていく。
「ひひゃい」
「あなたさっきからふざけてるの?」
「僕は真面目だ」
事実健太は真剣だった。
自分のやっていることが正しいことだと信じている。
世間とすれ違う彼の感性は、ここでも相手を困惑させた。
「なんであなたが歌を歌ったら私への恩返しになるわけ?」
「嬉しくないの?僕は人が自分のために歌ってくれたら嬉しいけど……」
「まったく……変な子」
つねる手を離してさっちゃんは腰に手を当てた。
健太は赤くなった頬をさすっている。
「それでほかに何してほしい?」
「今すぐ帰ってほしい」
「そういう風に人を遠ざけるのはよくないって先生が言ってた」
「あなたにでしょ?」
「うん……僕と君は似ているのかもしれないね」
「はぁ……」
敵意を込めてさっちゃんは言ったのだが、どうにも通じない。
暖簾を手で押している気分だ。
満足するまで彼が家に帰らないことを悟り、さっちゃんは深くため息を吐く。
「じゃあ……一緒に散歩でもしてくれる?健太」
「もちろんいいよ」
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