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「じゃあ……どうしよう?」
「どうしようか……?」
夏の音色に耳を傾けて、蒸し暑い熱量を体で受け止める。
しばらく沈黙だけが介在した甘酸っぱく無慈悲な運命の世界を裂くように、健太は臍を固める。
甘い悲しみが胸を痛める……彼はその痛痒さえも肯定した。
「じゃあ……大人になったら迎えに行くよ」
「迎えに来てくれるの?」
「うん、僕はまだ小学生で法律上結婚できない……でも大人になればできる、君も大人になればお父さんの言うことを聞かなくていい、僕と結婚できる」
健太は結んだ手のひらを解き、そして指を絡ませて再度結んだ。
もう離さないようにとびきり強く……
「優しいね……」
「君には及ばないよ」
さっちゃんは健太の顔に自分の頭を擦り付けた。
甘い吐息が少年の炎を灯していく。
「あなたを連れて行きたいよ」
健太は首を傾げた。
「どこへ?」と聞こうとしたがやめた。
「連れて行って、どこへでも」
「そんなに私が好きなの?」
「うん」
「嬉しい……食べちゃおうかな」
「君になら……いいよ」
さっちゃんは大口を開けて笑った。
解放感と爽快感に身を任せて、少女という立場を捨てるように……
涙を1粒だけ流して、あとは幸せだけをその身に残す。
「ふふ、そろそろ帰ろうか」
「帰りたくない」
「わがまま言わないの、みんな心配するよ?」
「させておけばいい」
「悪い子ね」
健太の頭を撫でたさっちゃんは、大きく息を吸って月に向かって手を伸ばした。
届くことはない、意味などない。
だが彼女はこの夜を自分だけのものにしようとした。
いつか別れが来ることを知っているから。
時間と愛を脳裏に保存するように、目がくらむ夜空の月光を忘れないようにしたかった。
暗い世界を2人で眺めていると、人工的な光が空に打ちあがっていった。
細い線は広大な空で弾けて、色鮮やかな華を咲かす。
その1発を皮切りに、何発もの花火が宙を駆けていく。
連続でがなる咆哮と共に美しすぎる炎が満開になり、そして散っていった。
「すごい……」
「うん……綺麗だ」
「本当に綺麗ね……君と見られてよかったよ」
「うん……本当だね」
花火も見ずに、健太は彼女の微笑む横顔を見つめ続けた。
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