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最期まで
盆祭りを彼女と過ごした次の日、少々茹だる脳みそで健太は縁側から外を眺めていた。
遠くに見える彼女がいない山でも、見つめていると彼女に見つめ返されているような気分に陥ってしまう。
はっきり言えばのぼせているのだ。
時間が経つごとに、彼女に会いたいという欲望が募っていく。
「あら、ご機嫌ねケンちゃん」
無意識に鼻歌を歌っていた健太の隣に座った母親が屈託のない笑顔で言った。
健太は口先をすぼめて、「まあね」とだけ返す。
「今日は友達に会いにいかないの?」
「これから行くつもり、昨日は疲れちゃったから……彼女もそうだと思うし」
「さっちゃんって子ね、ふふ……昨日はデート?」
「うん、楽しかった」
「お母さんも会ってみたいわね」
「僕も会わせてあげたいけど、彼女は……その、人と話すのが苦手なんだよ」
「そうなの?でもケンちゃんの大事な友達なら挨拶しておきたいの……母親として」
確かな威圧感を帯びた母親の笑顔を見て、健太は苦笑いをする。
「ねえケンちゃん、さっちゃんのお家に行ってみたくない?」
「え?……さっちゃんの家?」
「うん」
「でも……お家知ってるの?僕も知らないのに」
「ええ誠一さんに聞いてみたの、そうしたらさっちゃんって呼ばれてる子がいるって」
「……ほんと?おじさん家の場所も知ってたの?」
「うん、だから行ってみない?」
「ほんとにさっちゃんって呼ばれてるの?」
「そうみたいね、この村じゃさっちゃんって呼ばれてる子はその子くらいっておじさん言ってたよ」
「そう……なんだ」
「それで、行ってみる?」
「……行きたい」
健太は揺さぶられる気持ちに折り合いをつけて、首を縦に振る。
健太とさっちゃんの関係は、今まで孤立した空間に限っていた。
しかし健太は昨日自分の本心を打ち明けた。
もう何も隠すことはない、堂々と彼女と会いたいという気持ちが浮かびあがってきていたのだ。
だから会いたいと思った、誰もが公正に感じる舞台でまっすぐな気持ちで彼女に会いに行きたいと思ったのだ。
「行こうよ、今から」
「うん、じゃあおじいちゃんに車出してもらうように頼んでくるね」
「……おじさんとお父さんは?」
「寝てる」
「まだ寝てるの?もうお昼過ぎたのに」
「だらしないよね、ケンちゃんもお酒に溺れちゃダメよ?」
「ふふ、分かった」
健太は母親と一緒に祖父がいる居間へと足を運んだ。
祖父はさっちゃんと聞いて小首を傾げたが、さっちゃんの苗字を聞いて納得したように声を出した。
「ああ、松村の家か……確かあそこには一人娘がいたな」
「おじいちゃん、その家の子と僕は友達なんだ、連れて行ってくれないかな?」
「なに?友達……そうか、わかった」
祖父は一瞬嬉しそうな顔を見せたが、すぐに威厳のあるしかめ面に戻った。
「今から行きたいんだけどいいかな?」
「ああ、連れて行ってやる」
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