最期まで

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「でも僕はもう見つけたよ、本当に好きになった女性を」 「……それが松村の娘なのか?」 「さっちゃんだよ、正直言って……彼女以外の女性に興味が持てない」 「お、お母さんにも?」 「お母さんは大好きだよ?」 「よかった」 「……そうか、じゃあ急いでやろうかね」 「ふふ、お願い」 祖父は車のアクセルを踏んでスピードを上げた。 前方に車はいない、反対車線にも車はいない。 健太が乗った車はなんの阻害もなくスムーズに走行する。 5分ほど走って、ある一軒家に到着した。 祖父の家ほどではないが、しっかりとした造りの立派な家だ。 「着いたぞ」 「行きましょうか、ケンちゃん」 「……うん」 健太は緊張していた。 それを気合で振り払い、力強く1歩を踏み出す。 健太は2人より早く玄関に到着し、そしてチャイムを押した。 ピンポーンと低い音が鳴って、奥から足音が聞こえてくる。 「はいはーい」という声とともに、玄関のドアが開かれた。 恰幅のいい女性が小さな健太を見下ろした。 「あら?イチさんじゃないの」 「突然すまんな、今いいか?」 「そりゃいいけど、どうしたんだい?」 「いや孫があんたの娘と仲がいいみたいでな、こんな田舎だとずっと家にいるのも暇だろうし遊ばせてやりたいんだ」 「あらそれは!イチさんの孫!?男前じゃないの!ふふ、幸子ったら何も言わないんだから!ちょっと待ってて!」 おばさんは振り向いて、大声でさっちゃんを呼んだ。 「幸子!!友達が来てるよ!早く来な!!」 廊下の奥から小さな足音が響いてくる。 ペタペタと素足でこちらに走ってくる女の子は、健太が愛した少女ではなかった。 「なにぃ?おかあさん」 腫れぼったい目と中途半端に開いた口が特徴の女の子だった。 気怠そうに健太を、どうでもよさそうに見つめている。 「イチさんとこの孫だよ、あんたの友達だろ?」 「えー、さっちゃん知らない」 「え?」 「うん?健太どういうことだ?」 「……僕の知ってるさっちゃんじゃない」 「人違い?あら……そうなの」 「ねえおかあさん、お菓子食べたい」 「ちょっと黙ってな!違う子だったかい?」 「ええ、そうみたいです……すみません」 「ああ謝ることじゃないよ!でもこのあたりでさっちゃんはウチの子だけしかいないと思うけどねぇ……」 おばさんの言葉を聞いて祖父の顔つきが一変した。 先ほどまでの角が取れた態度ではなく、何かを咎める厳しい目だ。 「健太……さっちゃんって言ったな?」 「え?うん……」 「お前……山に行っただろ?」 「え?」 健太の思考が止まった。 なぜ今その話が出るのか分からない。 山とさっちゃん……その関連性が今までの会話で出たとは思えないのだ。 「い、行ってない……」 「いいか、じいちゃんは真剣なんだ……正直に言ってくれ……山に行っただろう?」 祖父は中腰になり、健太に視線を合わせる。 どう対応していいか分からない健太は、つい目を逸らしてしまった。 「山に……行ったな?」 「……行ってない」 何かを隠している健太の態度を見て、祖父は深く息を吸った。 そしてよろよろと背を伸ばし、目を瞑る。 眉間の間に刻まれた皺がとても印象的だった。 「……帰るぞ」 「え?」 「今すぐ帰る……麗子さん、あんたたちもこの村をすぐに出るんだ」 「この村を……出る?」 健太は意識を失いそうになるほどの虚無感に襲われる。 祖父は急いで車のエンジンをかけて、2人に乗るように促した。 発進した車は……祖父の家に急行する。
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