最期まで

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「さっちゃん……」 「健太……」 彼女は居た。 あの山に、当然のごとく。 健太は息を切らしながら、彼女を直視する。 切れて赤い血が滲む足の裏に構わず、健太は真実を知るために悲しそうな顔をしているさっちゃんに近づいた。 「ごめんね……健太」 「なんで謝るの?君が謝る必要なんてない……ただ僕は本当のことが知りたいんだ」 「本当のこと……ね」 「なにがなんだか分からないけど……僕は明日この村を出るんだ……ねえどうしてなの?さっちゃんは何を隠してるの?」 彼女は答えない。 ただじっと健太を見つめる。 まるで最期の時を悟り、恋人の顔を目に焼き付けるように。 「ねえ……答えてよ、あの……馬鹿らしいけど……みんな君のことを神様だって言ってるんだ……連れて行かれるって……ねえ一緒に来てよ!来てくれれば説明できるし……あの……だから……一緒に来てほしいんだ」 健太の思考が乱れていく。 筋道のある話などもう出来ない。 必死だった……彼は彼女とお別れなんてしたくなかった。 さっちゃんはそれでも何も言わない。 静寂が時間を潰し、健太も少しずつ理解していく。 偏見がない聡明な彼は、現実だけを受け入れて……理解する。 そして決別とも言える言葉を彼女に投げかけてしまった。 「君は……神様なの?」 「うん……」 「そっか……僕を連れてってよ」 「何言ってるの?」 「君が好きだ、いつまでも一緒にいたいんだ」 「ありがとう、でも君は幼い……まだ死ぬことはないんだよ?」 「でも君と一緒にいられるんでしょ?なら……いいよ」 「よくない」 「どうして?」 「君のことが大好きだから」 健太は唇を噛んだ。 泣き出しそうになる目がぱちぱちと動く。 さっちゃんは慈愛の笑みを浮かべ……そしてそっと唇にキスをする。 「私のこと、忘れないで」 「忘れないよ……酷い人だ、もう恋なんてできないじゃないか」 さっちゃんはクスクス笑った。 健太は真剣に、赤くなった瞳で彼女を覗く。 「じゃあね健太……あなたに出会えて本当によかった……幸せだったよ」 「こんなのってないよ……これでお別れなの?終わりなの?……こんなにあっけないの?」 「うん、悲しいけどそうなんだよ」 「嫌だよ……もう少し話そうよ、嫌なんだ……お願いだからもう少し話をしようよ」 「健太、あなたはいい男だよ……じゃあバイバイ」 さっちゃんは消えた。 文字通り煙のように。 健太はすぐに彼女を探した、山を走り回り、心臓が破裂しそうになるまで探した。 そして……糸が切れたようにしりもちをつく。 彼女は怪物ではない、神様ではない。 健太にとって……初めての友達であり、初恋の相手だった。 希望が途絶え、現実が押し寄せてくる。 健太は泣いた、力尽きるまで…… そして横たわり、彼女の幻影を追いかけながら……息を止めるように眠ってしまう。
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