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「そう、ただの記憶。子どもの頃の写真だけは覚えているけど心は動かないもの。九九を覚えているのもそっち。でも、ここのマルゲリータが美味しいのも記憶で、その記憶に心が動かされて‘食べたい’と思うのは種類が違う」
「うん」
「人の記憶も同じで、久しぶりの誰かの記憶が思い起こされることは誰しもあるだろ?その時に会いたいと心が動かされるなら‘ただの記憶’とは言えない何かしらの想いがその相手にあるのだろうけど、それは今の夕月の状態とは違うんじゃないか?」
「…違う…会いたいとは全く思わない…あのカフェでの映像が…二人が私に向かって話す様子が…頭の中で再生されることはあるけれど…」
私がそう言うと湊さんは私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「それも含めて過去の記憶。思い出とも違う。今すぐ僕に告白してくれても失礼なことじゃない」
「…こっくはく…?」
「プロポーズにする?」
「俺、立会人?」
「…二人で遊んでて下さい」
絶対に私を焦らすことはない湊さんが、少しおどけてプロポーズと言うと、すかさず久世さんが両手を上げた。うん…今はこれでいい。
「湊さん」
「うん?」
「わかったから…今の話」
「うん」
「ちゃんと納得したから」
「うん」
「…もう少しだけ…」
「待つよ。少しでもたくさんでも待つ」
彼はそう言うとカウンターの下でぎゅうっと私の手を握ったと思うと…指を絡めた。恥ずかしい…心臓がうるさくてカウンターの向こう側まで聞こえちゃう…
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