接近者たち①

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「中途半端は負のスパイラルを生む」 「耳タコです」 「そう?夕月が分かっていないようだったから言ったんだが?」 「…久しぶりに言われた…ムカつく…」 ‘ムカつく’は心の声のはずだったが小さな音になってしまった。それでも湊さんは私を見たまま、その表情は1ミリも動かない。 最後の最後でしっくりいかない時のコーディネートはどこか中途半端なんだ。だから嫌いな言葉だ。そして湊さんの仕事に於いてのモットーは‘中途半端は負のスパイラルを生む’なのだ。設計に於いて1ヶ所の些細な中途半端さが、その後の設計全てを狂わせるとか、完成度が低くなるということらしい。 それを気に入った玲子さんが自分の座右の銘にすると言ってから、何かにつけて言われるので耳タコ状態。そしてそれを言われるのは自分が中途半端な事をした時だから自分に腹が立つと同時に‘他の言い方してよ’と思うのだ。 「仕事でも何でもないし…自分でも何が何だか分かっていないし…続ける言葉はありません。よって、中途半端とは違うの」 「なるほど…もっともらしい返事が返ってきたな。それでいいよ…分かっていない、言葉なき気持ちを吐き出せばいいんだ」 「何それ…言葉なき気持ち?」 「そう。悲しみとか憎しみとか名前がつく前に渦巻く気持ちを音にして。名前がついてからは長引くから‘今’ということに意味がある」 その通りなのだ…でもみっともない心の内をさらけ出すには勇気がいる。
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