接近者たち①

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「ん…夕月、出よう」 椅子を下げたまま座っていた私に、今度は店を出るように言う湊さんは何を考えているの?ここはお酒を飲んでいる人もいる24時までのカフェバーだから閉店までには時間があるはず。でもうやむやにして帰れるならそれでもいいか…と彼が支払ってくれたことに小さく礼を言い外に出た。すると彼は私の腕をコートの上から掴んで店の隣の小道へ入ると足を止めて私をそっと抱きしめた。 「これで顔も見えないし、誰にも聞かれない。どうぞ、夕月…早くしないと気持ちに名前をつけられてしまうぞ…急げ」 よーいどん、のように私を背中をポンと叩いた彼の手の勢いに押されて 「…フラれちゃった…とっくにフラれていたんだよね…夏だって…今は真逆の冬だよ?…私…何してたんだろ…全然気づかなかった…」 一人の部屋へ気持ちを持ち帰るのを拒否するように言葉を吐いた。背中に回っている湊さんの腕が片方離れたかと思うと…その大きな手のひらは私の後頭部を覆うようにして彼の鎖骨辺りへと強く引き寄せられる。 「…会いたいな…声が聞きたいなって…会いに来てよって…そんな存在だったのに…インスタントラーメンを野菜たっぷりの豪華レシピで…とても美味しく変身させてくれるの…ふふっ…たまに妙なものが入っていても楽しくて…っ…楽しかった…のにっ…」 声が震えたのは寒さのせいだと伝えるように湊さんのコートをぎゅうっと握りしめる。 「寒いな…でも夕月はとても温かい」 耳元で響くバリトンが私の涙腺を崩壊させた。
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