接近者たち①

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「ちょっと待って…僕もひとつ…君は夕月の立場になって夕月の気持ちを考えたことが一度でもあるか?」 「…それは…もちろん…」 「もちろんないだろうね。誰と付き合うのが自分の都合にいいのかと中途半端なことを数ヶ月して、今度は子どもができたという都合に合わせているんだから自分の立場でしか考えていないんだ。だから玲子さんの言った‘謝罪なし’は当然のこと」 湊さんが口を開いたので星本さんは寒いのかそっとドアを閉めて、でもドアに手を掛けたまま太一を睨んでいる。太一は汗を流しているようだったが、それが急に不潔に思えて目を逸らした。 「夕月がどんな気持ちで‘お幸せに’と言ったのか…どんな気持ちで君のその手の荷物を詰めて封をしたのか…考えると僕でも苦しいんだ。君はもっと苦しむべきだ」 「私もね、いいかしら…ゆづちゃんの親御さんだったらどう思うかしら?あなたも大人なんだからその辺のことに考えが及ぶはずよね?あなたのご両親もこんな事実を知ったらお孫さんの誕生を手放しで喜ぶことは出来ないと思うわ…少なくとも私だったら、何てことしてるんだって悲しくなるもの」 「その通りだ。うちの息子がそんなことしたら勘当だ。だいたいそんな嫁もいらないからな」 星本さん…うちの息子って…娘さんしかいないじゃないか… 「会社の内外に関係なく、あなたとさいとーさんへの目はあなたが今ここで聞いたようなものばかりよ。すでにね。それと、今月まだ仕事があっても玲ハウジングはあなたとは組まないので担当から外すように三宅部長と恭平くん宛にメールは入れますから、もう二度と来ないで」 玲子さんがそう言うと星本さんが大きくドアを開け、太一は放心といった雰囲気でふわりと一礼して部屋を出て行った。
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