目撃者たち

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「じゃあ…乾杯は何と言おうかな?」 私の右隣で深みのあるバリトンボイスを響かせる男は建築家の湊士郎(みなとしろう)37歳。彼のことは1級建築士というよりも建築家と紹介する方が適切だと思う。 湊さんが駐日のとある大使館の建て替えコンペを勝ち抜いたのは29歳の時。その後、次々と有名企業本社などを手掛けているのだが大規模な建築だけでなく戸建住宅の設計もとても好きらしい。 玲子さんの恩師と知り合いの湊さんが、戸建住宅の設計、しかもリフォーム専門で頑張っている女性建築士と玲子さんを紹介されて会社を訪ねて来たのは、私が入社した少しあとだったので約6年前。 玲ハウジングは玲子さんと私、そして星本さんという夫婦のたった4人の会社だ。あとは外部の業者さんと協力する形で仕事を進めていくので、湊さんのように個人事業主が自分を使ってくれと申し入れてくることはある。ただ、湊さんの知名度でその申し出があった時には、いつも堂々としている玲子さんが慌てていた。今では年間半分くらいの割合で湊さんは玲ハウジングの仕事をしているのではないだろうか? 「夕月の新しい人生に乾杯っ」 角を挟んで私の左隣の恭平くんの前に身を乗り出してビールのグラスをこちらへ突きだす玲子さんに 「何も始まってないのに…」 と反意を示すと 「ゆうがゲスい男と切れて乾杯っ」 とすかさず聞こえる。 「そのゲスい男…御宅の社員さんです」
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